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”ある夏の暑い日のこと。
ある男が、喉が渇いて喉が渇いて、どうしてもコーラが飲みたいと思い、自動販売機に走った。
販売機にお金を入れて、コーラのボタンを何度もさわしなく押している。
でも、コーラは出てこない。
売り切れなのである。
体にいいオレンジジュースやグレープジュース、野菜ジュースのボタンは、煌煌と輝いているのに、その人は、ただただコーラが飲みたくて、売り切れていることに気付かない。
「おかしいなあ。」
もう一度、返金をして、お金を入れなおす。
今度こそは!と、コーラのボタンを押す。
でも、売り切れのコーラはいつまでたっても出てこないのだ。
後ろで並んでいる人や近くを通りすぎる人から見ると、明らかにコーラは売り切れなのに、
その人は、コーラに固執して、喉の渇きを潤すことができないでいる。
「売り切れですよ。」と親切に声をかける人もいるが、そんな声に耳を貸そうともしない。
もう一度、「売り切れですよ。」と声をかけると、
「うるさい。お前には、関係ない!俺はコーラがほしいんだ!」と怒鳴る。
そんなことをしているうちに、販売機には大勢の列ができてしまい、ぐずぐずしていたその男は、しぶしぶ列の後ろに並ば直さなければならなくなった。
一人、また、一人と、オレンジジュース、グレープジュース、野菜ジュースのボタンを押し、人々は喉を潤していく。
とうとう、その男の番がまわってきて、男は、カラカラに渇いた喉を潤そうとボタンに手をやった。
もはや、コーラでなくても何でもよかった。
汗だくになった男は、オレンジジュース、グレープジュース、野菜ジュースと順番にボタンを押すのだが、待てど暮らせど何も出てこない。
すべてが売り切れてしまったのである。”
私たちが、本当に必要なものを手に入れたいと思うとき、固執している何かを手放す必要があるようだ。
神様は、私たちの祈りの背後にある”本当の動機”を見ておられるのだと思う。
「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願うことを神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」(ヨハネの手紙第一5:14−15)
「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。」(ヤコブ4:3)
この話には、実は続きがある。
”男は、真夏の日差しの中で倒れこむようにして「神様、助けて〜」と叫んだ。
しばらくすると、先ほど怒鳴られた通りがかりの人が小走りに戻ってきて、その人に一杯の水を差し出した。
「あなたがそれほどまでにコーラがほしいのならばと思い、本当は隣町まで走ったのです。
でも、私が神に祈った時、今あなたに本当に必要なのは、コーラではなく、二度とあなたの心が渇くことのない”水”だと示されたのです。」
男は、その水をごくごくと飲み干すと、神にこう言った。
「主よ、わたしは、もう二度とあなた以外の水を求めません。」”
*神様の愛、イエスキリストと十字架の意味を一人でも多くの方に紹介するために、そして、日本ではまだあまり知られていない筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群(ME/CFS)のことを知っていただくために記事を書いています。
お手数ですが、読まれた方は、上のリンクをクリックしてください。 *Facebook&Twitter「5月12日は、慢性疲労症候群世界啓発デーです。」に登録されると、このブログでは載せていない海外患者会情報や励まし画像を更新しています。ぜひ、ご参加ください。 「筋痛性脳脊髄炎・慢性疲労症候群」の社会的認知度を高めるため、リツイート、シェアをなるべくお願いします。 特定非営利活動法人 筋痛性脳脊髄炎の会
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愛されないとしぼんでしまうお花
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