やすぐす君の心象風景アラカルト

ここは、私と社会をつなぐ窓です。私の生きている想いを表現出来ればと思っています。ベッド上で、口マウスで、パソコンを操作してます。

自立生活

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先日、ある障害者の自立へのアプローチをするドキュメンタリーを見た。
番組は、日本テレビの深夜に行われる30分番組なのである。
・・・私は、予てからこういうドキュメンタリー番組が大好きで、毎回録画して見ている・・・

さて、番組はすでに70歳位のポリオの男性障害の元に、これまで親元から出た事がなかった
二十歳前の男性障害者と施設で暮らして来た女性障害者が、自立のアプローチする模様なのである。
・・・ポリオの方は、関西で、障害者運動の草分けの方で、これまで数々の苦労を経て、市民を
認めさせて来たのだという・・・
若い障害者は、生まれて初めて一人で電車に乗り、実家に帰る事を試みようとする・・・
だが、青年は、すぐ躊躇してしまう・・・すると、青年達と暮らすその自立ホームの主催者は、
「人には、当たってみなければ分からないもんだぞ!」と、アドバイスする・・・
また、もう一人の女性障害者は、これまでヘルパーさんに髪を切って貰っていたが、自分一人で
美容室に行く事が夢だったという・・・
番組では、彼女が電動車で、一人で美容室に行く行程を描いていた・・・

障害の無い者にとっては何でも無い事でも、障害者にとっては、それこそ清水の舞台から
飛び降りる覚悟が居るのである・・・
何を隠そう、実は私も、かれこれ22年前、まだこの西多賀病院に入院していた頃、電車で、
新潟の実家に一人で帰った事がある・・・
というのも、自分達が進めていた自立ホーム建設運動で、自分に一人暮らしが出来るか
試したかったのだ・・・

自立ホーム開所一年前、丁度、5月の連休の時に決行した・・・
予め駅にその旨を連絡しておき、私は、病院から友人に駅まで送って貰った・・・
駅に着くと、手配された駅員が待っていてくれた・・・
時期は連休の為、駅は行楽客で混み合っていた・・・私は、その混み合う人の中を二人の駅員に
押して貰い、電車に乗せてもらった・・・
車内は立っている乗客で、立錐の余地もない程だった・・・
私は次の山形駅での乗り換え時に、駅員だけでなく、乗客にも手伝って貰おうと目の前の乗客に
その旨を話し、お手伝いをお願いしていた・・・幸い目の前の乗客は、快諾してくれた・・・

山形駅に着くと駅員が待っていて、私は、お願いした乗客と共に、駅員と新潟に向かう米坂線の
ホームに向かった・・・米坂線の電車では、絶えず車掌さんが気を使って下さり、「おしっこが
したくなったら、そのはじっこでしていいからね・・・」とまで言ってくれた・・・
私は、その後も多くの駅員さん達の思いやりに包まれ、一人旅が出来た・・・
私は、今でもあの米坂線で見えた山桜と、越後線で見えた田植えの終わった水田の景色と
湿っぽい空気が、鮮やかに目に映っている・・・

きっと、自立を目指す青年達にも、一生に残る感動を記憶した事だろう・・・
私達障害者が、普通の生活・自立生活をするのには、なかなか困難な条件がある事は確かだが、
決して不可能ではない・・・むしろ、ともすれば閉鎖的な社会に対して、一つの光明として、
障害者はチャレンジすべきだと思う・・・それが、障害者にとっての一つの使命だと思う・・・

気温14℃・・・

プロ野球はオープン戦が始まり、球春間近という雰囲気である・・・

私は元気に自立生活をしていた頃、堪らなくこの時期を待ち望んでいた・・・
それは、ホームの有志と街頭に出かけ、募金とボランティアの呼びかけをする為だった・・・
私達は、それを「街頭ピーアール」と呼び、ほぼ毎週二日間、出かけて行った・・・
大体午前11時頃ホームを出て、午後の3時半頃戻って来る・・・
正味2時間半ほど、街頭で叫んでいるのである・・・

当時から私は、殆どボランティアさんに介助して貰って自立生活をしていた・・・
だから、どんな機会も逃さず、ボランティアさんへの呼びかけをしていたものだった・・・
それはまた、私が自分の身体を張ったアピール活動だったのだ・・・
自立ホームは、どんなに障害が重度であろうとも、自己責任の上でそれをクリアー出来れば、
誰でも生活が出来る環境を与えるというものだった・・・
だから私は、毎日あらゆる機会を通じて、ボランティアの呼びかけをしていたのである。
・・・だが、不思議と意志を持って呼びかける事ギリギリボランティアさんは見つかり
繋がって行ったものだった・・・

「街頭ピーアール」は、ホーム全体でそんなボランティアや協力者を求める行動であり、
また当時は、運営費の補助も無かった為、その資金への募金も兼ねていた・・・
普通ならどこかの施設で介護を受けている位の重度障害者が、すべてをさらけ出して叫ぶ姿は、
当時は珍しく、面白いように募金してもらったものだった・・・

私達は、ホーム設立前から募金活動を始めていたから、すでに四半世紀になる・・・
私が去ってからも続けているそうだと聞く・・・今は資金的に何とか確保出来、また
ボランティアさんの協力で自立生活を構築する障害者もいない為に、「街頭ピーアール」も、
ホームでの自立生活も、形骸化しているようだ・・・

私は、三月のこの時期、幾ら冷たい風が吹こうが、雨さえ降らなければ、出て行った・・・
気温の目安は、14℃にしていた・・・
今思うと、何と無謀な事をみんなに強いていたのだろうと思う・・・
自らをさらけ出し、刹那的につっぱしていた・・・若かった事と、何とかこんな重度の者でも
生きている事を示したかったのだった。
また、何時も私の後ろを押す亡くなって行った仲間達の想いが、そうさせていた・・・
今はそんな無謀な事はしていないだろう・・・だが、私達を取り巻く社会状況は、さほど
変わっていないように思う・・・
私達は、決して沈黙してはいけないと思う。
どんなに動けなくなろうが、生きている限り、その存在を懸けて叫んで行こう・・・
それが私の運動だと思うから・・・

私の自立生活・・・

私が自立生活から再入院をして、二年余りすぎる・・・
その中で、何時も気になる事は、ホームの仲間達の事である・・・
自立ホームは、自己の持てる能力を使って、自分の望む自立生活をしていく所なのである。
・・・入居する方々の障害も、その持ってる過去も様々なのである・・・
多くの方々は、いわゆる身辺自立の出来る人だった(部屋に一人で居ても用を足せるという意味)。
リュウマチ、脳性麻痺、脊髄損傷、筋ジストロフィー症、膠原病など・・・
ただ一般的な収容施設と違う所は、介護を必要な人は自分で都合しなければならない事だ・・・
それが出来れば、どんなに重度な障害者でも、自立生活が出来るのだ・・・
まさに私のような、殆ど全介助を必要とする障害があろうとも、ボランティアさんを獲得すれば
実現出来たのである。
・・・私は、その事を難病者への啓蒙運動として位置づけ、それこそ毎日、色々な機会を作って
呼びかけていたのである・・・。
それも、私達の自立への思いに賛同してくれる無償のボランティアさん達にだった・・・
と言うのも、私達の経済的な裏付けは、一律に支給される障害基礎年金と市から支給される
特別障害者手当と合わせて、ひと月10万円弱がそのすべてであったからだった・・・
普通であれば、働いて、と思われるが、最重度の障害者を雇用するなんて事は皆無だったのである。
・・・私達は、自分の生活をかけたアピール活動に、全精力を注ぎ込まざるを得なかったのである・・・

それでも、当時の最重度の障害者が、施設や親元を離れて自立出来る画期的な試みの、自立に対する
施策だったのである・・・

私の生活形態は、泊まりの男性ボランティア(主に、大学生や社会人)と、家事や食作りをしてくれる
日中のボランティア(一般の主婦や女子大生)達との共同生活的に過ごしていた・・・
そのふれあいが、ごく自然に真の理解を促す、私の運動そのものになっていったのである・・・

私は、1987年五月から2005年の九月まで、そんな自立生活をしてきた・・・
私にすれば、ボランティアさん達との恵みによるふれあいの歴史なのである・・・

       

ブログを読んでいると、猫や犬を飼っている方々の写真をよく目にする・・・
どの写真も、筆記者の愛情をふんだんに受けているように映っている・・・
そんな写真を見ると、ホームに居た頃、銘々の入居者が世話をしていた野良猫達は、どうして
いるだろうかと案じてしまう・・・
彼等は、雪が降ろうがあられが降ろうが、自由故に一人で生きていかねばならないのだ・・・
野良同士で生まれた物、不幸にも人間に捨てられた物・・・それぞれ行き場を無くして、ホームに
集まって来るのだ・・・人なつっこい物、決して人に近づかない物、それぞれの過去の生き様を
垣間見るようだ・・・
前にも書いた事があるが、私は野良猫達の姿に、自分達の姿を重ねてしまう・・・
それぞれの障害故に、社会や家族からも見捨てられて生きざるを得ない姿・・・人の優しさに
触れたいのに、時には虚勢を張り、自暴自棄になってしまったりする・・・それでも何か生を受けた
意味を知りたくて、必死に生きようとするのだ・・・
ホームにいた時の猫達は、私の勝手なそんな想いをあざ笑うかのように、屈託無く彼等の本能
そのままに生きる姿を見せていた・・・腹が空けば各部屋を周り、餌をねだる・・・
腹が満たされると、日向にその腹を見せながらその肢体をさらけ出す・・・
全く自由気まま過ごしているのだった・・・
しかし彼等にとって、この冬場の時期は最大の試練に違いない・・・
皆一様に毛を逆立たせて、寒さを耐えようとしている・・・
各部屋の暖房の廃棄するパイプの下や、巧みに温かい所を探し出して生き抜いているのである・・・
彼等にとっては、自然の中にあるがままに生きているだけなのだろうが、私は、余りに無垢に淡々と
生き抜いている彼等の姿に、感動すら覚えるのだった・・・ 

冬の厳しさは、まだまだ続くのだろう・・・
彼等の上に、せめて小春日和の日差しが臨むようにと願っている・・・ 

  

いよいよ今年も、あと一日となった・・・
テレビでは、年末年始の買い物の為に、商店街が賑わっている様子が、映し出されていた・・・
今年は石油高の影響で、どの店も例年よりも二、三割高だという話だ・・・
しかし、私の目には、買い物客のエネルギッシュな様子は例年と何ら代わり無く、これぞ
生きてると感じさせて見える・・・
どの様に世の中が変わろうが、そこに生きる人間達のしさを感じずには居られない・・・
このパワーこそが、世の中の力なのだ・・・

ただ、現在の病人や障害者に対する国の施策は、なかなか厳しいものがある・・・
世の中が、単に目に見える成果主義の流れですべて判断する為、我々の存在は、社会の隅に
追いやられる傾向にある・・・私は、そんな社会に対して、人間の尊厳と生きる意味を訴える
運動を、自分の自立生活を通して進めて来た・・・
私は、絶えず誰かの手がなければ、鉛筆一つ持てない重度の障害者であり、しかも、日々進行し、
その生命をも脅かす病気・筋ジストロフィー症を患っているのである・・・
だから、私にとって「自立生活」は、単に人が親元から離れ、一人で生きていく事では無い・・・
私は、これまで同病者の仲間の死を見て来た・・・私が生き残っている意味は、仲間が
果たせなかった夢の実現と、我々の存在を無視する社会への命の叫びを伝える事だと思っている・・・

私はこの「自立生活」をしようとする時、一つ刹那的と言うべき覚悟を決めて、決断したのだった・・・
病院に居れば、ただ生きる事は出来た・・・しかも、当時改正された基礎年金で、結構遊べる事も
出来た・・・しかし、仲間達がその人生を終えた病院は、決して、生きて夢実現が出来る所では
無かった・・・絶えず自分の意志を殺し、流されるように生きねばならなかった・・・
私は、そんな中でしか生きられない自分達の存在が空しく、そんなふうに私達を追いやる社会に
憤りを覚えていた・・・

私の自立生活は、1987年5月から始まった・・・
日本で初めての民間福祉ホーム。
・・・障害がどんなに重度であろうとも、介護の手立ても自己責任でクリアー出来れば、誰でも
入居出来るというものだ。
経済的な裏付けは、ほぼ基礎年金と市からの手当で、ギリギリ生活出来るというものだった・・・
私のような全く動けない障害者は、介護のボランティアに頼る事で、クリアーしようと考えていた・・・
私の場合は、長く病院生活だった為、福祉ホーム(私達は、自立ホームと呼んでいた)開所時までに
ボランティアの体制が整わず、5月にずれ込んでしまっていた・・・
それでも、泊まり介助のボランティアが8人、昼の食事や家事介助のボランティアが6人程集まり、
私は、自立生活に踏み切ったのだった・・・
今思えば、かなり無謀だったかも知れない・・・
しかし、当時の私は、出来ると信じ切っていた・・・
私の自立生活は、少しさらし者のように、連日社会へのアピール、アピールであった・・・
そこで出来た人間関係こそが、私の運動その物だった・・・
そうして、毎日自転車操業のようなボランティア探しの日であった・・・

毎日、日替わり出来てくれるボランティアさん達・・・
私の生き様をありのままに示し、それぞれが心に感じてくれて来てくれた人達であった・・・
様々な出来事があった・・・特に、丁度自立生活を始めた一年目の暮れ、例年であれば、新潟の
実家で過ごす処を、私はボランティアさんの確保も厳しい時期なのだが、あえて帰らず、在仙の
ボランティアさんに来て貰い、大晦日を過ごしたのだ・・・
実家ならば、食べ切らない程のご馳走を前にNHKの紅白歌合戦を見ながら過ごしたものだが、
その年の私は、ボランティアさんに買って来て貰った「どんべいのカップ蕎麦」を、共にすすって
過ごしたのだ・・・一見すれば侘びしそうに見えるが、当時の私には、初めて感じる自立の味であり、
何にも代えられない掛け替えの無い味だった・・・
毎年大晦日を迎える度に、あのカップ蕎麦の味を思い出す・・・
今年も多くのボランティアさんに来て貰った・・・
私の胸に去来するものは、感謝の思いしか無い・・・
私にとってボランティアさん達との日々は、今も掛け替えの無い宝となっている・・・

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