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実はこの1週間、ずっと考えていたことがある。
それは、バージニア州で起きた悲惨な事件のこと。
日本では国内事件の報道で手が一杯のようで、この犯人について
詳しくは報道されていないようだけど、
私はこのChoという少年のことをもっと知りたくて、
各国のメディアが報じる膨大な量の記事を、実は毎晩遅くまで読んでいました。
この日記でそういうことを書くつもりもなかったんだけれど、
記事を読めば読むほど、自分の中で、ある思いが強くなっていた。
まず、「武器の種類が違うだけで、日本でも十分に起こりうる事件」
だということ。そして、2つ目は
「犯人は本当は普通の、どこにでもいる愛されたかった少年」
だったのではないかということ。
もちろん、私は少年犯罪心理学のエキスパートでもなければ、
精神科医でもないけれど、この事件は日本人にとって
「やっぱり銃社会のアメリカは、怖いよね」
「こんなことをする犯人はどうせ気が狂っている。事前に防げる事件じゃない」
というような程度の認識では、もう済まされない気がしている。
私には、このChoという少年の姿と、日本の子ども達の苦悩が
オーバーラップして見えてしまう。
ルームメートの証言によると、この少年は自殺願望を抱えていたと言います。
自殺するなら、一人で勝手に死ねばよかったのに。
そう思った人も少なくないと思う。
なぜ、あれだけ多くの無関係な人たちを巻き込まないといけなかったのか。
ほとんどのメディアは彼の犯行声明文を
「社会に対する冒涜、怒り、憎悪に満ちた異常な内容」という風に紹介した。
そして全文を読んでみて、私はある印象を受けた。
" I didn't have to do this. I could have left. I could have fled.
But, no. I will no longer run. "
「こんなことをしなくても良かった。立ち去ることもできたし、逃げることも
できた。でも、僕はもう逃げない。」
" You had a hundred billion chances and ways to have avoided today."
「今日起きたことを止めるチャンスは、いくらでもあったのに」
「本当は誰かに止めて欲しかったんだ」と直感的に感じた。
もちろん、想像でしかないけれど。
彼は、これまで何とか持ちこたえようと頑張っていたのではないか。
不安や抱えきれない絶望感が、他人に対する憎しみや怒りへと変わっていく。
でも、ギリギリのところでバランスを保っていた。今にも水が溢れそうなコップのように。
そして何かのきっかけで、その水が一気に流れてしまう。
周りからみれば、なぜ「いきなり」こんなことになるのか全く理解できない。
でも彼は、叫んでいたんだと思う。それも、ずっと、ずっと前から。
「どうしてそんなことで・・」
万引きする子どもがいる。別にお金が欲しいんじゃない。
自分を傷つける子どもがいる。それで生きている気がする。
自から命を絶つ子どもがいる。ほんとうは生きていたかった。
それほどまでに空虚な思いを、そんなことで、と片付けられるだろうか。
ちょっとのことで、自分がいなくなってしまうような、
そんな希薄な自分の存在感。
何か、巨大なものに飲み込まれてしまうような恐怖感。
でもそれを認めたくはない、なんとか戦いたい、
自分はここにいるよと知ってほしい。
町田女子高生殺害の犯人の少年は、夜中に自転車に乗り、
何かを叫んでいたといいます。暗闇に向かって、叫んでいた。
この少年もあれだけ日頃寡黙だったのに、カメラに向かって怒りをぶちまけた。
これまで一人で抱えて、そして抱えきれなかった無念さを一気に、吐き出すように。
犯人の行為自体は、恐ろしい程残忍で、憎むべきもの。
決して許されることじゃない。
それでも、こういう事件から私たちは何を学び、何をすべきなんでしょうか。
こういう事件が起きるたび、思うこと。
「ごめんね。みんなが将来に希望を持てないのは
そんな風な気持ちにさせてしまった、大人が悪いんだよ。
本当は君たちは何にも悪くない、だって
何度も、何度もメッセージをきっと発してくれたはずなのに、
気付いてあげられなかった。
その小さな、でも大事な声にじっと耳を傾けていれば、
きっとそんな嫌なこと、しなくてよかったのにね。本当にごめんね。
でも、君のために私ができることを、小さいかもしれないけどやってみるよ。
だから、どこにいても希望は捨てないで。
こんな大人だっているってことを、君たちの心に届くまで
私もがんばってみるから。」
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バージニア州の事件はいじめから来てる問題みたいですね。もし周りに1人でも話をきいてくれた人がいたらこの事件は防げたのかもしれないですね。
2007/4/22(日) 午後 4:09
そうですね、私も同じように思います。ひとりぼっちで戦い続けることができる人なんて、いません。孤独な人の辛さ、寂しさは、本人が表現しないからこそ、周りの人が先に気付いてあげないといけない。そう思います。
2007/4/22(日) 午後 6:23 [ miffy_au ]
子供が生まれてきた時、そのときの無垢な瞳、頼りなげな姿を思い出す度、その子供を大人がどう育てていくか、その責任を感じます。 生まれてきた子供は、何も悪くない。その後、悪いことをするのは、生まれてきた後の環境、教育、なのである、と、教科書に書いてある事ですが、本当にそう思います。
2007/4/24(火) 午後 9:48