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「受験に関係ないことは、勉強しなくてもいい」
ちょっと大げな表現かもしれませんが、
そんな風に思われるご両親は、今どれくらいいるんでしょうか。
高校での履修漏れ問題が発覚した後、
一旦事態は収束したかのように見えていますが
私は、今でもこのことをとても深く受け止めています。
受験が今の日本に必要なのかとか、その弊害について
ここで詳しく述べるつもりはありません。
ただ・・・このニュースを聞いたとき、
何だか酸欠になりそうな、そんな息苦しさを私は感じました。
必要な栄養素が全部入った、タブレットが目の前にあって
それを手っ取り早く、ぐっと涙を堪えて喉に押し込んでいく・・・
そんなシーンを想像してしまいました。
私の英語クラスでも、毎年同じようなことがありました。
小学校5年生ぐらいになると、中学受験を視野に入れて
進学塾に入る子が、圧倒的に多くなります。
高学年の生徒の母親が「受験を優先させたいので」と
退会を申し出るケースも、年に何件がありました。
確かに何にせよ、優先順位があるし、
それはご家庭の判断なので仕方ありません。
私にとっては、とても残念なことではあります。
ただ、本当の意味で残念なのは、
当の本人に聞いてみると、大体の場合
「辞めたくないなー」という答えが返ってくることでした。
皆ここまで頑張って、やってきた子達です。
もっとひどい時は、子ども本人がまだ辞めることを知らなかった
なんてケースも、少数ですがありました。
優先順位は、まず子どもと相談してから決めてほしい、
教育熱心なのはいいけれど、子どもの気持ちを無視した方針を
掲げても、実際そこから自力で走っていくのは、子ども達なのに。
そう強く思ったのを覚えています。
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■ 学力を支えるものは、数字では計れない「何か」
どうやら土曜日も子ども達は学校に行くことになりそうですね。
その学力アップのために
美術や音楽などの、主要科目でない、いわゆる「情操教育」と
呼ばれる分野が、ますます軽視される傾向にあるのは、とても残念です。
「総合的な学習の時間」もこの分野に属するのではないでしょうか。
(実際に廃止の動きもありました)
でも、結果として数字には現せない、大切な「何か」がそこにはある。
この大切な「何か」が軽視され始めたことと、
今子ども達のこころの中で、起きている様々な葛藤、悩みは
無関係ではない、そんな気がします。
大切な「何か」は、まさに私たちのこころの真髄の部分にあり
精神のバランスを取る、やる気を刺激する
大事な役目をしてきたはず。
実は、学力を伸ばすために、今子ども達に必要なのは
心に働きかける「情操教育」じゃないかな、と私は思います。
それは美術や音楽だけじゃない。
どの科目にも、本来は存在すべき何か。
そして、どうやったら心に訴えかける授業ができるのかを試行錯誤する。
これが教師の使命でもあって、又この仕事の本当に
面白い部分でもあるんじゃないかな、と思います。
私の専門分野は英語教育ですが、
英単語を、例文を、端から端まで、ぜーんぶ丸暗記しても話せない。
なぜか?
そこには「こころ」が存在しないからです。
大切な何かを無視してきたのは、英語教育も同じだと思っています。
ことばは武器だ、ツールだとか、
言いながら道具の説明だけで、終わらせてきた罪は大きい。
気持ちのないところに、ことばなんて存在しないのに。
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はじめまして。ポゴです。
3人の男児の父親です。
「心の教育」や「命の教育」についてのご意見、全く同感です。
我が家では、そういうことや、宇宙のこと、歴史のことなど、直接子どもたちと話し合うようにしていますが、正解がないものもあれば、正解を教えるよりも、考え方を教えたほうが良いようなものもあったりで、悩み多き日々です。
ブログでそのあたりのこと(子どもたちとの対話)を書いてます。
「対話篇・子どもたちとのギロンはオモシロイ」
2007/7/4(水) 午後 3:32 [ FreeWayJam ]
はじめまして(^^)コメントありがとうございます。
子育てというと母親ばかりにスポットライトが当たって
しまいますが、お父さんの役割も本当に大きい!
男性ならではの世界観、母親との考え方の違いは子どもに
とって貴重なものと感じています。
ブログ拝見させて頂きます。
2007/7/4(水) 午後 10:25 [ miffy_au ]
そこには「こころ」が存在しないからです。
>結局実用と結びつくから意欲が湧く。
華僑の英語の教科書はハウマッチから始まる。
実感が湧くからいきなり意欲が湧く。
2009/10/12(月) 午後 6:57 [ TOMMY ]