学校教育・教育現場

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

こころの居場所

いま、子どもたちの活動する場所が、学校と家(と塾)しかないから、
そこで自分の居場所がないと感じている子どもたちは、
とても息苦しく感じているんだろうな、と思います。
毎日同じ人間との対話しかない。
大人でも、職場でそういう気持ちになっている人はいると思います。


昔のように学校の外、家の外に子ども達の居場所があればいいけど、
そのための時間も、場所もすくない。
だから、同じ学校の中でも、異なる他者が来て、
異なる人間関係があればもしかしたら、そこで救われる子、
刺激を受ける子もいるのかもしれない。
私は今、ビクトリア州にある公立小学校の
クラスルーム・ボランティア活動に関わっていますが、
こういうのが日本に本格的に存在すればいいなぁ、
素晴らしいな、と思う。


この小学校での子ども達の話も、また追ってしたいと思います(^^)

日本から友人が遊びに来ていたりで、更新が随分遅れてしまいました
ごめんなさい!m(_ _)m
間延びしてしまいましたが、前回からの続きで第2位〜1位です。


第2位「美しい国の行方は?教育再生会議」


つい先日24日に第一次報告を提出した、教育再生会議。
ニュースで読まれた方も多いと思いますが、
「ゆとり教育」の見直しや授業時間の10%増、
又、いじめ対策として反社会的行為を繰り返す子どもに対する
出席停止制度を活用することや、体罰の基準の見直しなども
記載されています。



報告書を読んで私が感じた全体的なイメージは
「ぎょろっとした怖い目が、上から見ている」
その目は温かい目ではなく、手を差し伸べてくれそうな目でも
なく、そして相談できそうな目でもない。
だって、「上から」見てる人に誰が相談したい?
子どもに対し、教師に対し、管理教育を徹底させる。
いうことを聞かない奴、和を乱す奴は、学校へ来るな。
学校は勉強をするところ。「ゆとり」なんて必要ない。
そんな風に私には聞こえます。



■ 海の向こうフィンランドでは


海外ではどうなんでしょうか。
日本よりも授業時間が少ないフィンランドは、
義務教育世界一といわれています。
経済協力開発機構(OECD)の国際的は学習到達度調査(PISA)
でトップの成績を上げたそうです。
学校ではどんな特別なことをやっているんだろうと思うのですが
決して詰め込み的なことはやっていなくて、
一人一人が楽しく学ぶという理念の下に、カリキュラムや
教科書の選定など教育現場の大部分を、現場の裁量に任せている
そうです。


ここオーストラリアでもそういう自由なところは似ていて、
日本のように学校では決められた教科書はありません。
授業で使うマテリアルはすべて教師自身が選びます。
クラブ活動や行事など授業以外の仕事はほとんどないので
先生たちはレッスンプランに時間をかけることができるのです。
お国の違い、なんて言葉で片付けられないぐらいの
圧倒的な違いですよね。教育の理念が根底から違う。



■ 本当に子どもたちの学力は低下しているの?



たとえば学力低下という言葉をよく聞きますが
何を基準に言っているのか、疑問に思ったことはありませんか?
学力低下しているのは誰の目も明らかだ!なんて文部科学省も
メディアも一緒になって叫べば「そうなのかな」と皆思ってしまいます。 
学力低下をちゃんと裏付けたデータなんて存在しないんです。
「こういう学力が低下しているから、ここにもっと時間を
費やさないといけない、だから授業時間を増やします。」と本来ならば
国民に提案すべきです。
フィンランドの例からも学べるように、授業時間を増やすことが
学力向上につながるとは限らない。
こういう本質的な議論もきっちりとやってもらわないと
国民だって納得できないと思うんです。



ゆとり教育の見直しも、今回の報告書の目玉となっていますね。
でも今は、「ゆとり教育」という言葉だけが、一人歩きしていると思います。
本来のゆとり教育の意味は、学ぶ姿勢を育てる、教科を超えて学ぶことの
意義を教える、というようなことだったと記憶しています。
決して「ゆとり教育=勉強時間を減らす」という意味ではなかった。
学ぶことの根本を教えるのが、ゆとり教育だったはずです。
という風に考えると、ゆとり教育こそが、すべての教科の基礎とも
言えます。
でもこういう根本的なことを子どもに伝えるのには、時間がかかる。
手を尽くさずに「駄目でした」と諦めるのは、まだ早いように私は思います。


教育再生会議が話し合わないといけないことは膨大です。
会議としての結果を、特色を出したい気持ちも分かるけれど
対処療法的なことをやっても、結局根本は解決しない。
安倍さんが教育を最重要課題と位置づけているのは、手っ取り早く
国民の点数稼ぎをしたいからなのでしょうか・・。
学校教育を再生したいのなら、そこにいる子どもたちの、
先生たちのこころの再生がこそが先だと思うのですが。
皆さんはこの再生会議の案、どうお考えですか?



第1位「結局どうなる、小学校英語必須化」 



児童英語教師としてやはり1位に挙げないといけないでしょう!
前述の教育再生会議の報告書の中でも、一応今後の課題として
位置づけられた小学校英語。
去年の3月に小学校5、6年生を対象に週1時間程度の英語教育を
実施すると発表があり、英語業界を沸かせましたが、
その後一向に具体的なリリースはありません。


前任の文部科学省大臣、小坂氏は小学校英語導入に比較的積極的でしたが、
現在の伊吹大臣の発言「英語はおかしみたいなもの。日本語であるご飯をしっかり食べてから余裕があればおかしは食べればいい。」には仰天させられました。
大臣という立場の人間が、自分の発言が与える影響を考えることなく、
自分の個人的な思い(無知)を公の場で口にするというのは考えものですね。
本当に呆れます。



議論がちっとも進まないその他の理由としては、
痛ましい子どもたちの自殺という事件をきっかけに、命やこころの問題が
これまで以上にクローズアップされ、文部科学省の中での優先順位を
変えざるを得なくなったということもあるでしょう。


ですがおそらく世論としては、「小学校英語はやるんでしょ?」
だと思うのです。
反対、賛成を10年以上も繰り返してきた訳です。
確かに指導者の問題など、クリアーしないと子どもたちにマイナスの影響も
あるかもしれませんが、とりあえずスタートしないことには
何の具体的な議論も進みません。
また、以前どこかで書いたように、小学校で英語がスタートすることにより
これまでクローズされていた学校現場に、
保護者や地域の社会人などの参加によって、新たな風が吹き込まれるという
他のメリットもあると思うのです。



■ 私が考える児童英語、今後のトレンド


最後に、必須化に向けたこれからの新しい流れとして
小学校高学年、さらに中学生向けの指導法が注目されてくると思います。
これまでは小学低学年→幼児→赤ちゃんと低年齢化が子ども英語のトレンドでした。
ですが、子ども英語ブームが到来した数年前に英語を習い始めた子も、
今では高学年、中学生の年齢に近づいています。
さらに必須化はまず5,6年生を対象にするといっています。
すなわち、従来のアクティビティーや歌中心の指導法だけでなく
子どもの知的好奇心を刺激する指導法・アイディアが不可欠になります。
今後は、高学年をきちんと教えることができる先生が
ますます必要とされていくでしょう。


色々な意味でも、今年は教育に関する議論が活発な年になりそうですね!

皆様、明けましておめでとうございます。
今回は新年第1号ということで、私が今最も気になっている教育・子育て関連のニュースに
個人的な観点から順位をつけてみました。

==============================

■「2007年はここに注目!私が選ぶ教育・子育て5大ニュース」


☆ 第5位 「新たな受験戦争の幕開け」


公立高校では学区撤廃の動きが全国的に広がってきています。
学区が違うから受験できない。それはもう昔のこと。
選択肢が増えたという新たな悩みを抱える親子。
そして学校間では少ない子どもの争奪合戦がすでに始まっています。
私立大学でも定員割れがなんと全体の4割超に達したといいます。
もちろん人気校の競争率は高いままなのでしょうが
この新たな流れの中で私が期待したいのは、
「子ども達が自分主体で学校を選ぶ時代に突入する」ということです。


これまでの「できるだけ偏差値が高い学校に行きたい」という
ひとつの物差ししかない形の受験から
「あの学校、なんか面白そう。生徒が輝いてる。」
「この学校は自分が興味のある分野が強いから」
など子ども達が各自興味のある視点から、学校を評価し、選ぶ。
親が先生が決めた学校じゃない。自分で選んだ学校だから、一生懸命勉強したい。
そんな子が増えてほしいなと願います。


また”子どもたちが”行きたいと思う、魅力的な学校も増えてほしい。
学力低下より、子どもたちの「意欲低下」が本当の問題なんです。
意欲を持てば、皆変われるんだよ!というメッセージを世に送り出す
学校が増えて欲しいと私は真に願います。
私もいつかそんな学校を作りたいと密かに考えています(!)


==============================


第4位 「進む少子化、働く女性の心理」


少子化対策の一貫として、児童手当の拡大や、育児休暇中の給与保証を
50%に引き上げするなど、政府の育児支援への姿勢は一応見えますが。。
ここオーストラリアでは、働くママは非常に多い。
かといって、保育所がふんだんにあるかと思えば、そうではなく
実は2年待ちという話も珍しくないそうです。
子どもが産まれる前から保育所の予約をするという人もいる位です。
こちらの女性も大変なんです。
なのに、なぜこんなにワーキングマザーが多いんでしょうか。


会社の待遇の違いや、オーストラリアでは共働きを前提として
家計を考えているカップルが多いなど理由はありますが、
やはり、日本と圧倒的に違うのは
「ワーキングマザーに対する世間の見方」ではないかと思うのです。
日本だと例えば「3歳までは母の手で神話」みたいなものも
未だ存在していると思うんです。
子どもが1歳を過ぎたから、仕事に出るというと
「まだ子どもが小さいのに可愛そう」とか
「働かないといけない事情があるのかしら」
などと影でいわれたりする。
でもオーストラリアだと、「保育所見つかって良かったわね!」
という返事が返ってくる。全然違うわけです。


文化の違いといえばそれまですが、
「子どもが小さいうちは家で育てるべきだ」という
そういう周りの目が、働く女性にとって出産するときの
大きな心理的バリアになっているのは事実だと思います。
そして、それは仕事を持つ女性だけでなく
実は専業主婦にも、大きな影響を与えている気がします。
「働いてもいないのに保育所に預けることはできない」
という罪悪感があるために、息抜きができず
大きな育児ストレスを抱えてしまう。
そんなときは、罪の意識を感じないで、短時間でも預けたらといいと思うんです。
周りの人もそういう理解があれば、虐待も少しづつ減っていくんじゃ
ないでしょうか・・?


保育所の数を増やすなどの政策も大事ですが、子どもを他人に預けることは、
新たに子どもが育つ場でもあるんだ、という認識や母親への理解も
これからの日本社会には必要なのではないかなと思います。


==============================


第3位 「心の病で倒れる教職員が急増」


休職処分を受けた公立学校職員が12年連続で過去最高を記録したそうです。
世間全体的に心がしんどい人が増えているようですので、
先生だけの問題ではないのかも知れません。
でも、私が気になることは、希望も未来もある子どもたちの目に
先生を含め、そういう大人がどう映っているのかということです。


子育てにもいえることだと思いますが、子どもに向き合うためには
精神的な落ち着き、余裕が大事ですよね。
イライラしていたり、不安で一杯だと子どもが発する声は
聞こえないし、素直に耳を傾けられない。
だから学校の先生の精神状態というのは、言うまでもなく
子どもたちの成長にとって大きな影響を与えるわけです。


政府が言う不適格教員の排除より、先にすることがあるように思うのです。
それは疲れた先生たちをいかに救うか、元気を取り戻させるか、
ということ。馬鹿馬鹿しいと考える人も、もしかしたらいるかも知れません。
そんなの誰だって疲れてるんだ、と。
それでも私は思うのですが、特に子どもの前に立つ人には、
生き生きとしていて欲しい。精神的に元気でいて欲しい。
だって、子どもたちにとって家族以外に最も身近な大人は先生なのですから。
先生たちを責め立てても問題は解決しません。
彼らが力を最大限出し切れるような環境整備のことも、国は考えて欲しいものです。


職業観をもてない大学生だって、毎日暗い顔して、ため息ばかりついている
ビジネスマンの背中を見ているわけです。
「仕事したって、ぼろぼろになって、こうやって疲れるんだな」
と思ってしまっても仕方ありません。
逆に生き生きと働く人が増えれば、世の中もぐっと変わってくる。
大人が働く姿というのは、近未来を映す鏡のような気がするんです。


==============================

(第2位〜1位は次回へ!)


【後記】しばらくご無沙汰していましたが、今年もこのブログを頑張って続けていこうと
自分の中では張り切っています!(^^)
どうぞ今年もよろしくお付き合いくださいませ。

今日のニュースで見たが、「なれ合い型」学級崩壊が急増しているそうだ。
従来の「反抗型」と違い、友達感覚の先生とのなれ合いの末に
秩序が乱れるのをなれ合い型と呼ぶらしい。


国はこのような学級崩壊の実態調査をまだ行っていないようだが、
崩壊直前、崩壊の可能性があるクラスを入れると
その実際の数は私たちのはるか想像以上ではないかと思う。
先生たちの悲痛な叫びが聞こえてきそうだ。



あまり多くの人が語らないが
学級崩壊は実は子どもの問題だけではない。
むしろ先生たちの問題なのだ。
だが不思議なことに教育現場は、残念ながら自分たちに
問題があることを認める風土がない。
学校、教師はいつも「正しく」ないといけないという概念から
なのか?



子どもたちを助けるべき立場にいる、その人たちは
実は一番助けが欲しいのではないか、ということを最近考える。



例えば子どものしつけ方が分からない親。
例えば今の子どもにどう接せればいいのか分からない先生達。
聞いているのか、聞いていないのか、
笑っているけど心では泣いているのか、
大人しいだけなのか、心では嘲笑っているのか、
「今の子どもは何を考えているのか分からない。」
大人たちは嘆く。


複雑な問題を抱えた子ども達、というのが
最近の「子ども像」だとしたら、
複雑に考えすぎているのは大人たちなのかもしれない。
なぜこんなに子どもの心が分からないと嘆く大人たちが
増えてしまったのだろう。

I think they are just children.


What do you think ?

Be a Pioneer

Pioneer ということば。
何だか今の私の胸に響く。

この20年の間で世の中は劇的に変化したことに、誰も異論はないでしょう。
20年前、私が物心がついた頃(?才)を思い出して見ると
まず24時間営業コンビニなんてなかったし!
自宅への電話は公衆電話から
車にカーナビなんてないし
家に帰ってももちろんインターネットなんてない。
洗濯機はまだ2層式、洗剤は今のようなコンパクトサイズではなく
小さい洗面所のスペースを占領していたのを覚えています。


テクノロジーの革新的進歩が私たちの生活スタイルを変え、家庭を変え、
ビジネス、社会の全てを変えた。
その巨大な変化の渦に全てが巻き込まれ、望もうがそうでなかろうが
誰もが変革を余儀なくされた中、唯一変わっていない、変わることを要求
されなかった現場がある。それは・・教育現場。


20年の間、全く変化がないといえば先生達はきっと怒ってくるに違いないでしょう。
こんな工夫もしたし、こんなことも変わったと。
もちろん、先生方一人ひとりの努力は相当なものだと思います。
古きよき伝統を残し、継承していく。
これはとても大切なことだし、異論はない。
ただこれほどまでに私たちが住む世界が変わったのに、どうして学校は
それに見合った変革がないまま存在していられるのか。
それが不思議なんですね。


それは子どもたちから最も遠い存在のお偉い
「文部科学省」の責任だけでない気がします。
日々子ども達に接している先生達、保護者、私たちがもっと本気になって、
そして情熱を持って変えようとすれば、必ず変わるはず。


私は単なる児童英語教師ですが
英語教育という現場から、
この国の教育を変えていく「波」をこれから作っていきたいなと、
そういうことを目標に頑張っています。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事