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暑い日がつづいているので
涼しそうな写真を
白馬大雪渓は20℃くらいだろうか
前穂高岳 北尾根
北穂高岳への登山中に写す
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思い出の山々
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詳細
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冬の北八つ岳
若い頃は毎年暮れから正月は山に登っていた。冬に長期の休暇が取れるのは正月ぐらいだった。
二十代の後半は関西勤務だった。
28日に仕事が終わると、急いで山自宅を整えて大阪駅へ向かった。夜の9時前後仲間と大阪駅に並んだ。駅は帰省の客と年末年始の行楽の客とでごったかえしていた。我々の汽車はほとんどがスキ―か登山専門のようら列車だったから大きな荷物を行列変わりに駅の構内に並べていた。汽車はほとんどが中央本線に入る列車だった。なぜなら、正月の山行は北アルプスや八ヶ岳、南アルプスがほとんどだった。上手く行けば松本や大糸線に直通の列車に乗れたが乗れない時は名古屋で遅い普通か急行列車に乗り換える。大阪駅で数時間を並んで駅で時間を仲間と待った。名古屋で乗り換える時はまた名古屋駅で数時間を潰した。あまり、速い列車に乗ると松本駅や塩尻駅や甲府駅で一番列車に乗るために時間をもてあます。駅で寝袋に入って一番列車やバスをまった。そんな訳で出来るだけ遅い電車に乗ったし、出来たらゆっくり走って遅く着く列車の方が都合がよかった。
到着駅で朝バスを待つのは寒い。列車の通路に新聞紙を敷きつめて眠った。(正月の番組で俳優の滝田栄さんが行っていた。これを、3等寝台と呼んだそうです。彼もそんな山仲間だそうで・・・)。温かく、駅の寝袋よりはるかに快適であった。
我々はそれほど一級の冬山には登らなかった。初級か中級の冬山であったがそれなりの緊張感はあった。
10月位からはトレーニングもしたし準備もした。今よりははるかに条件は悪かったかもしれない。八ヶ岳や上高地に入るにも今のようにはいかなかった。装備も相当に進歩しているし、携帯電話、GPSなんて当時では考えられ無い装備もできている。
この正月にも遭難が報じられたが携帯電や無線、ヘリの発達で難なきをえている。すこし、安易に冬の山へ入るのも問題が有る事が時々言われる。最近の旅行会社のツアーをみると正月の雪山山行のツアーもあった。冬の上高地ツアーも有った。むかしでは考えられない。すっかり山の情報からも遠ざかっていると、交通事情や装備の進歩に驚かされる事が多い。
この正月番組でつい山の番組をたくさん見てしまった。俳優の滝田栄さんの話では、谷川岳の一の倉沢でもリーダーさえしっかりしていたら、ほとんどの普通の方でもちょっとしたトレーニングで登れるらしい。(もちろん、ちゃんと体力の管理やトレーニングとリーダー、ガイドの元にだが)そもそも、日本の山にガイドなんて居る事が私が登っているころには考えられなかった。
・・・・・ということで。昔の正月の山行
北八ヶ岳、初級の冬山、一人でも行ける。山小屋も有るしトレースも休日にはしっかり付いている・・・と思います。
稲子岳かな? この下に稲子湯という秘湯が有った
そこで一泊して五人で新年を祝った。
秘湯も間近すっかり緊張感もなくなり霧氷を楽しんだ
これは五月の八ヶ岳の縦走中に写した富士山 です。 |
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残雪の山が見たくて上高地へ
残念ながらまたも悪天・・・台風が近付いています。
バスを申し込んでいましたから、やむを得ず出かけましたが
強風 !! 豪雨!!
わずかに穂高の峰が見えました。
目当ての岳沢湿原までも行けませんでした。傘と簡易合羽ではずぶぬれになりそうです
売店に雨宿り
少しの間見えた穂高
緑は綺麗でした
晴れていたらもっと綺麗ですがね〜
休憩所で注文の五千尺ホテルのお弁当を
上高地は何でも高い!!
山登り現役の頃は泊まった事も無いのです。食べるのもせいぜい村営の食堂の蕎麦かカレー位かな?
食べるのはここを抜けた所で自炊か行動食ばかりでー、泊まるのはこの下の中の湯温泉ばかりでした。
今でもあるのかな〜中の湯の二段ベットの相部屋。今度は上高地の温泉に泊まりたい・・・です。
そこそこ 美味しかったです。
今回のお目当ての霞沢岳と六百岳も霞んでいます。
また、夏に来ます。
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