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Q115 久しぶりの難読地名の問題です。写真は八ヶ岳を望む山梨県北杜市須玉町にあった看板です。「小倉」「下小倉」という地名が見えます。
さて、「小倉」は何と読むのでしょうか。
答えは「こごえ」です。
残念、今回の正解の方はいませんでした。「こごえ」なんて、(失礼)読めませんよね。写真は「山梨県の地名」平凡社1995年です。そこに、コゴエの訓は「小越の小倉」の略と書いてあります。ちっとも分からない解説です。風路さま、「K」に着目された点、さすがです。カ行は合っていましたね。
地元の方は「ごげぇ」とも言っているそうです。小倉は須玉町にある斑山の尾根の末端にある地区です。多麻トンネルができる前は尾根を越えて行き来していました。尾根を小さく越えるから「小越」なのかなと思います。北杜市須玉町には難読の問題にふさわしい地名が多くあります。また、問題となるかと思います。またの挑戦をお待ちしています。
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地名
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では、第115問です。
Q115 久しぶりの難読地名の問題です。
写真は八ヶ岳を望む山梨県北杜市須玉町にあった看板です。
「小倉」「下小倉」という地名が見えます。
さて、「小倉」は何と読むのでしょうか。今回は選択肢がございません。
自由記述でコメントしてください。
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Q99 八ヶ岳東麓には小海、海ノ口、海尻など「海」がつく地名があります。海から遠く離れた場所なのに、どうして「海」なのでしょうか?
1 梅 の産地で小梅、梅ノ口、梅尻と言っていたが、いつしか「海」に変わったから
2 昔、大きな海のような湖があったから
3 この辺りは日本海と太平洋の「海」を分ける分水嶺だったから
4 鎌倉時代、この地を治める名主が「海部氏」であったから
答えは2番です。
小海町のHPには町名の由来として、次のように書かれています。
「仁和3年(887年)あるいは仁和4年(888年)に起きたとされる八ヶ岳(天狗岳)の水蒸気爆発による大崩落によって千曲川の下の深山(現在の八那池洞門付近)が泥流によってせき止められ、海の口から、海尻にかけて大きな湖ができました。この時土村の除ヶ付近(現在の小海小学校付近)の相木川もせき止められ、相木の入口までの湖ができました(相木湖と呼ばれていた)。海ノ口の湖水は寛弘8年(1011年)に決壊して無くなりましたが、相木湖はその後も残ったらしく、天正初期(1572年頃)古絵図にも記入されていますので、鎌倉時代の中頃(1300年頃)まであったと思われます。これが当時ここに入って来た人達によって「小海」と名付けられたものが小海の名前の起源と言われています。 また、地質を調べると有史以前にも八ヶ岳の噴火により、大きな湖が形成されていたようです。
海ノ口は湖の入り口、海尻は出口という意味だそうです。写真は小海線の佐久海ノ口駅名板です。 今回の正解はペアハットさま、風路さまです。おめでとうございます。
これで99問目が終了しました。ペアハットさま、ご期待の 次はいよいよ・・・? |
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では、第99問です。
Q99 八ヶ岳東麓には小海、海ノ口、海尻など「海」がつく地名があります。海から遠く離れた場所なのに、どうして「海」なのでしょうか?
1 梅 の産地で小梅、梅ノ口、梅尻と言っていたが、いつしか「海」に変わったから
2 昔、大きな海のような湖があったから
3 この辺りは日本海と太平洋の「海」を分ける分水嶺だったから
4 鎌倉時代、この地を治める名主が「海部氏」であったから
写真は、小海線の「佐久海ノ口駅」です。
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Q76 八ヶ岳南麓の清里に「美し森(うつくしのもり)」という場所があります。 |




