八ヶ岳検定

八ヶ岳大好き人間が八ヶ岳の自然、歴史、文化などの問題を紹介します。

八ヶ岳の川

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

Q98 八ヶ岳を望む山梨県の甲斐市や南アルプス市には、武田信玄が築いたとされる「信玄堤」という堤防があります。写真は釜無川の河原です。丸太を組み、水の流れを弱めたり、土砂を堤防側に貯めたりする「施設」が写っています。さて、この「施設」は何と呼ぶのでしょうか?
 
 1 将棋頭
 2 霞堤
 3 聖牛
 4 馬槎
 
答えは、3番の「聖牛」です。川の流れを弱める働きをします。三角錐に木を組み合わせた形状で、その形が牛の角に似ていることから名付けられたと言われるという。河川によって多少構造材の大きさが異なりますが、棟木の長さで「大聖牛」、「中聖牛」などの名があります。武田信玄の創案になるものと云われ、山梨県の釜無川、笛吹川に施工されたが、信玄の勢力圏拡大に伴って天竜川、大井川、安倍川、富士川に伝わり、享保年間以後は各地に流布しました。4番の「馬槎マーツァ」は中国の長江にある施設で、聖牛によく似た構造をしています。日本は牛ですが、中国は馬なのが面白いです。
今回の正解者はasyiさま、甲斐駒の隠居さま、風路さま、ペアハットさまです。おめでとうございます。
まもなく100問となります。ここで終了するのでしょうか。また、100問目の問題は何でしょうか?ペアハットさまのコメントを超える?八ヶ岳検定に注目です。
 
 
イメージ 1
 
 
八ヶ岳検定にようこそ
問題へのご解答はコメントにてお願いいたします。
他の方の解答コメントを見る前に、まずご自分で考えてみてください。
ご解答後、他の方の答えと比べると、よりお楽しみいただけることと思います。
ブログの機能を生かした「対話式の八ヶ岳検定」を目指しています。
答えは原則として翌々日アップします。
正解が多い方や、多くコメントをお寄せいただいた方には認定証と賞品が出ます。
100
問の予定です。途中からの参加も大歓迎です。
 
では、第98問です。
Q98 八ヶ岳を望む山梨県の甲斐市や南アルプス市には、武田信玄が築いたとされる「信玄堤」という堤防があります。写真は釜無川の河原です。水の流れを弱めたり、土砂を堤防側に貯めたりするための「丸太を組んだ施設」が写っています。さて、この「施設」は何と呼ぶのでしょうか?
 
 1 将棋頭
 2 霞堤
 3 聖牛
 4 馬槎
 
イメージ 1
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

Q22 国道20号線の山梨・長野県境に新国境橋がかかっています。その下を流れる釜無川。
橋の少し下流、写真の奥に見えるような断崖「ミニ・グランドキャニオン」があります。
この「ミニ・グランドキャニオン」はどの位の期間を経て、形成されたでしょうか?

答え なんと数日間なのです。
昭和57年8月1日から2日にかけて日本列島を直撃した台風10号および3日の低気圧による大雨によって、釜無川の河床の岩盤を削り取ったそうです。削り取られた岩石・土砂の量は4tダンプで約35万台分、1日100台ずつ運搬しても約9年かかる量です。このミニ・グランドキャニオンの出現で見物客が1日5000人も来たそうです。しかし、子供が転落するという事故があり、右岸一帯の絶壁を重機で崩したそうです。この侵食によって、地層、糸魚川静岡構造線のようすがよく分かるようになったということです。
詳しくは、写真の「大自然の驚異ミニ・グランドキャニオン」という本に書かれています。
絶版ですが、図書館にあると思います。口野道男著 山日ブックス 昭和58年発行

ビフォー・アフターの写真があると面白いのですね。当時の方はびっくりされたことでしょう。黄色い橋(清里高原大橋)は川俣川の深い谷の上にかかっています。これも川俣川の浸食の力によって、形成されたものです。何十万年もかかっているそうです。
今回は甲斐のご隠居さま、asyiさま、ペアハットさま、おめでとうございます。
この問題の答えを見た時、今まで知らなかった方の喜びが大きいかと思います。
既知よりも未知の方が幸せかも・・・。
初めて知る感動。私はこの本を読んで、びっくりしました。
そして、現地へ行ってみました。崩される前の崖は立派だったのでしょうね。

イメージ 1

イメージ 2

八ヶ岳検定にようこそ
問題へのご解答はコメントにお願いいたします。
他の方の解答コメントを見る前に、まずご自分で考えてみてください。
ご解答後、他の方の答えと比べると、よりお楽しみいただけることと思います。
ブログの機能を生かした「対話式の八ヶ岳検定」を目指しています。
答えは翌々日アップします。正解が多かった方には認定証と賞品が出ます。
難しい問題もございますが、お気軽にご参加ください。

では、第22問です。
Q22 国道20号線の山梨・長野県境に新国界橋がかかっています。その下を流れる釜無川。
橋の少し下流、写真の奥に見えるような断崖「ミニ・グランドキャニオン」があります。
この「ミニ・グランドキャニオン」はどの位の期間を経て、形成されたでしょうか?

 今回の答えは、自由記述でお答えください。

写真は先日の甲州街道ウォークの際に撮りました。

イメージ 1

Q21 山梨県北杜市白州町のサントリー白州蒸留所の近くを「神宮川じんぐうがわ」という釜無川の支流が流れています。
この川は1972年に「神宮川」という名前に変わりました。それ以前の名前は次のどれでしょうか。

1 日向川
2 雨乞川
3 教来石川
4 濁川

答えは4番の濁川です。写真は古い5万分の1の地形図(韮崎)です。濁川の名前が見えるでしょうか。
古い古い地図です。20号線もまっすぐではありませんね。
 ペアハットさま、風路さま、pigさま、なかさま、おめでとうございます。
 皆様の推理が、読みがますます深くなってきましたね。
明治神宮では1920年の創建以来、濁川で採取された玉石や玉砂利を敷石として使っているそうです。
ということで、神宮川という名前にしたのですね。最近は玉石が減ってきたということが報道されていました。
しかし、濁川から神宮川への改名は1972年です。何で、この時期に変えたのでしょうか。もっと早く変えればよいのにと思いませんか。改名は住民からの要望ということだそうです。しかし、私が読んだ山のガイドブックでは、白州町にある某酒メーカーの進出との関係が書かれていました。工場のとなりを流れているのが「濁川」では具合が悪いということです。神宮川なら、イメージアップになりますね。
写真の中で囲ってあるのが、某酒メーカーの工場の位置です。

★下記のアドレスは「山梨総合研究所のニュースレター」です。ファィルの4ページあたりに記事がありますので、お探しください。http://www.yafo.or.jp/letter/pdf_new/vol91.pdf

★下記のアドレスは某酒メーカーの問題を書いたサイトです。こんなサイトもあるということだけお知らせします。
 http://sky.geocities.jp/santorihakusyu/index.html
以下はその中の一節です。
「むかし●●が白州にやってきたときに、その立地が「濁川」の側であった。濁り川のほとり●●ではいかにもまずい。そこで当時から現在まで収めていた明治神宮玉砂利奉納にかこつけ「神宮川」と変更、さすが●●である。」

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
八ヶ岳検定クラブ
八ヶ岳検定クラブ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事