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生活の柄

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「歩き疲れては、/夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである/草に埋もれて寝たのである/ところ構わず/寝たのである(生活の柄)」。
山之口獏の詩「生活の柄」に出会ったのは1970年。高田渡がギター弾きながらこの詩を歌い、14歳の心はふるえ、この場所以外ならどこだっていい、と夜空と陸の隙間で寝ることを夢想しました。

幾年も過ぎて、神学校で学んでいた頃、初代教会の実像を見直す聖書学論争が盛んで、神学教師も神学生も「Sitz  im  Leben=生活の座」という言葉を口角に泡飛ばしながら使っていました。
オリエント学や諸学を縦横に用いて、聖書の社会層を掘り起こす「生活の座」研究。ただどちらかというと私の関心は、いつの時代のことでも集団ではなく個別の「生活の柄」で、得意げに口泡を飛ばすアカデミズムにも反感がありました。

「このごろはねむれない/陸を敷いてはねむれない/夜空の下ではねむれない/揺り起こされてはねむれない/この生活の柄が夏むきなのか!」。
山之口獏が、己が困窮の日々を「生活の柄」として記す時、社会層としては捉えられない含羞(はじらい)があり、静かな誇りがあり、虚無と不思議な明るさがあって、個別の人格こそが輝かしい。

「ほかの種は、石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった(ルカ8:6)」。「種を蒔く人」の譬えは、収穫豊かな良い土地に蒔きなさい(8:8)という比喩。
とはいえ「生活の柄」として各々の種(8:57)に思いを寄せると、暮らしはそれぞれにあるんじゃないか、と正しい答えにこだわらない脇道が見えて来ます。

八ヶ岳伝道所の礼拝堂を建て始めた頃、赤土が露出した敷地に堆肥を鋤き込み、良い土地(8:8)にしてクローバーの種をたくさん蒔いた。しばらくは気持ちのいい草地でしたが、数多なる野草との争いに負けて消えてしまいました。
ところがこの夏、ふと足許を見ると、砂利を敷いた痩せた石地に(8:6)クローバーがのびのびと広がっている。多様な生存を垣間見させられ、「種を蒔く人」の読み方にも少しく影響したような気がします。

野草の住み分け事情は分からないけれども、嬉しくなって「生活の柄」を歌った。
少年晩期に仰ぎ見た二人の人物、山之口獏の詩を、高田渡のような声調で歌いました。Ω

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修羅、風、恩寵 


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春。地に、空に、伝道所の庭を渡る風に、圧倒的な生命力があふれいで、ふいに恐ろしいような感じを覚えて、集会所へ逃げ込みました。
この感触、どこか覚えがあるぞ、何かで読んだのか、と記憶を探ると…、あっ『春と修羅』か、宮沢賢治の。

「いかりのにがさまた青さ/四月の気層のひかりの底を/唾し はぎしりゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」。
「おれ」は命あふれる春の中で呻吟し、ただ自らの修羅を自覚するだけにとどまりません。
純度の高い天の風と、俗なる地の風を同時に吹かせて、世の罪性をも告発しているのだと思います。己が修羅を率先して表明しながら。

天の風とは「れいらうの天の海には/聖玻璃の風が行き交い」。
地の風とは「まことのことばはうしなはれ/雲はちぎれてそらをとぶ/ああかがやきの四月の底を/はぎしり燃えてゆききする/おれはひとりの修羅なのだ」。
世は春、命の風が吹いても、まことの言葉は失われ、歯ぎしりせざるをえない。天には聖なる玻璃(水晶)の風が吹いているのに。

『注文の多い料理店』や『銀河鉄道の夜』では不吉なことが起こる前兆として、「冷たい風」が吹きます。
宮澤賢治は、自然に対する過敏すぎるそのアンテナで、命の春風に凶作をもたらすヤマセ(冷夏の風)をも感じ取り、歯ぎしりしたのかもしれません。

旧約聖書のヘブライ語も、新約のギリシア語でも、「風」という言葉は「霊」「息」と同義語。預言者の言葉を聞いてみましょう。
「霊よ、四方から吹き来たれ、霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る(エゼキエル37:9)」。
「見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る(37:5,14)」。このような預言の文脈自体からも、霊と息と風は一つのものであることが分かります。

人間を死の拘束から解き放ち、新しい命を与える霊。これが恩寵なる「風」です。宮沢賢治は命あふれる春風の中で、自らが修羅である実感を隠さずに告白しました。今年の春、私もなにがしかの修羅を感じて狼狽したのでしょうか。
聖書の教えとしては知っていましたが、私を吹き抜けていく神の息、霊の圧倒的な恩寵がふいに恐ろしくなって、そこを逃げ出したのかもしれません。木の間に隠れたアダムのように(創世3:8)。Ω

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どかっと雪が降った春分の日、芽を出しはじめていた草花がなんだか唖然としているようでした。
私も唖然とし、「春の雪めざめにちょうどよき狂い」と駄句のつぶやき。


春分の雪程度の小さなアクシデントならば、ぼんやりした頭の刺激になるでしょうし、固くなりがちな私たちのパターンを按摩してくれる「ゆらぎ」になるかもしれません。
いや待てよ、水仙は冬の季語ではなかったか。だとすれば、この花にとって雪は、唐突な帰郷命令になるんじゃないか、とおおげさな妄想を巡らせました。


雪が降った同じ日にI氏が召されました。氏は私よりふたまわりほど年長の詩人。かつて氏の自作詩朗読のための音楽を作ったことがあって、その際に幾冊もの詩集を丁寧に読み込みました。
I氏は、大学で英文学を講じながら訳詩も数多いのですが=土俗的な風土で育った少年時代、戦後横須賀での混沌とした青年時代=洗練と土俗性と猥雑さが安易に溶け合うことなく、斑状に混在しているところが詩の特徴でしょうか。


「この人たちは皆、信仰を抱いて死んだ。約束されたものを手に入れなかったが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表した(ヘブライ11:13)」。
たとえ「よそ者」であっても、地上に長く住むあいだにはそれなりの根が張り、引き抜かれる時には痛みが伴うのではないか。


「ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していた(11:16」。
と言われても、根のある地上ではそう都合よく考えられまい。季節外れに雪でも降って頭が冴えたなら、天の故郷にふと懐かしさを感ずるくらいのことはあるでしょう。
「春の雪めざめにちょうどよき狂い」、屈託した日々の裂け目から滲みでてくる郷愁か。


ところで、私たちキリスト者の「天の故郷」とはどんな感じなのでしょうか。I氏の詩のようだったらいいのだがなぁ、と思う。
愛が充満する清らかさは、もちろん嬉しい。それと共に、赤提灯が並ぶ路地のような悲しみも、斑状にあったならば申し分ありません。


天の故郷が春の雪だけだったら、透明度が高すぎて堅苦しい。でも、ひと足に先に往ったI氏が、地上のような悲しみもあったぜ、とその詩で知らせてくれました。Ω


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「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。〔光あれ〕。こうして、光があった(創世1:13)」。
 1798年、J.ハイドンの333曲からなるオラトリオ『天地創造』が初演されました。音楽は天才の手による傑作でしょうが、聖書読解は通俗的で、創世記冒頭の「地の混沌」や「深淵の闇」という驚くべきエネルギーには関心が払われていません。
 3月初旬、神話的な物語ではなく、音楽でもなく、「地の混沌」か「深淵の闇」かの創造エネルギーを直截に表すような公演が礼拝堂でおこなわれました。『O’ Nancy in French with OVERHEADS』と題されたこのパフォーマンス、二人の演者が1980年代に試みていた行為の再演なのですが、「創造された私」が覚醒させられる興味深いものでした。
 私たちは日本人であっても、琵琶楽や能楽が用いる自然音よりも西欧クラシック音楽が生み出した音律や楽器に慣れ親しんでいます。ですからロックやジャズは楽しめても催馬楽は聴き通せない、という偏りの内にあります。日本の伝統音楽は雑音やサワリ音を多用しますが、「O’ Nancy in French」の音響はそれを徹底し、統合できる楽音を廃しているかのようです。つまりクラシックやポピュラー音楽とは逆方向に純度を高めているため、狭められた私たちの感性基準を素通りして、「創造された私」に直結する。

 「O’ Nancyin French」の音響装置はメーカーが販売する楽器ではなく、米櫃とドラム缶。そこにコンタクトマイクを接触させて独特の響きを発出させる。その音響と、複数のアナログ「オーバーヘッドプロジェクター」による映像が干渉し合って、何と言えばいいか、身についた「感性という牢獄」が崩されていく心地よさがあります。

 「創造された私」となって思い浮かんだのは、空海の「五大に皆響き有り/十界に言語を具す」という言葉。「五大(地水火風空)」とは森羅万象(西欧では四大元素)、これら各々の響きが共振し合って創造エネルギーを沸騰させる。「五大皆有響」は、創世記冒頭の「地の混沌」や「深淵の闇」と同じ意味合いだと思います。十界云々はここでは省略。
 当時だったらアングダーグラウンドや前衛とレッテル張りされてしまうでしょうが、今やそうした区分はほとんどないようです。昔の怪しい青年はそのまま怪しいオジサンになり、今日の青年たちは怪しいオジサンたちと楽しそうに語り合っていました。八ヶ岳伝道所がこうした響きに満たされたことは、ある種の啓示だったような気がします。
 聖書を読むうえで、時には意味性や歴史性に惑わされずに、世にあまねく生きて存在する創造の響きを直截に感じること。そんな膨らみのある春の夕べでした。Ω

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礼拝堂、集会所、物置薪小屋、八ヶ岳伝道所の三つの建物は雪の中。三好達治(19001964)のよく知られた二行詩「雪」が連想されます。
「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。/次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」。激しく移りゆく世の雑音を吸い取って、深夜しんしんと降る雪。山の村には変わらない昔からの暮らしがある。
懐かしく、平穏で、木版画のような場面がしっとり心に染みます。

都市育ちの詩人が、山村暮らしの実際を垣間見、衝撃めいた印象を内面化させます。「雪」はその生々しさを控えめに覆う民話ではないのか。
初期詩集『測量船(1930)』には「雪」と共に「村」と題された二編の詩があり、その一はこう。「鹿は角に麻縄をしばられて、暗い物置小屋にいれられてゐた。何も見えないところで、その青い眼はすみ、きちんと風雅に坐つてゐた。芋が一つころがつてゐた(後略)」。
「村」その二にはこうあります。「恐怖に澄んだ、その眼をぱつちりと見ひらいたまま、もう鹿は死んでゐた。無口な、理屈ぽい青年のやうな顔をして、木挽小屋の軒で、夕暮れの糠雨に霑れてゐた(後略)」。

さて罠でとった獲物をどうするか。放り投げた芋一つは、殺生に対する贖罪のつもりなのか。しなやかな野生と荒っぽい山村の人為(麻縄、木挽小屋)との接合に、ひどく胸をしめつけられる。
小屋に縛られた鹿を見てしまった詩人の動揺、ありありと分かります。

礼拝堂は太郎の家、集会所は次郎の家、物置薪小屋はさしずめ三郎の家。これらの屋根に夜更けて雪がしんしんとふりつむ。
朝、この透き通った光景を、静かにゆっくり剥がしてみると、「麻縄で縛られた、澄んだ目の、風雅に坐ってゐる、無口な、そして理屈っぽい青年のやうな顔」のキリストがおられる。そんな想像が巡ります。

「苦役を課せられて、かがこみ、彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった(イザヤ53:7)」。
信仰的な解釈は脇に置き、預言者の言葉からただちに浮かぶ感情が、「木挽小屋の軒で、夕暮れの糠雨に霑れてゐた」十字架のキリストとして、私のどこかを直截に響かせます。

キリストの救いとは、「太郎や次郎の屋根に雪ふりつむ」、懐かしく、平穏で、母にいだかれるような安堵感ではありましょう。そしてその底部には、私たちが生きていることの、ひどく胸しめつけられ、動揺させられる、生々しい神の子の犠牲がありました。Ω

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