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影 と 実 体

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ことのほか冷えびえとしている今年の秋。礼拝堂の扉が午後の陽で温まっているせいか、アキアカネがじっととまっています。
そおっと扉を開けて堂内へ入り、用事を済ませて出る時も、そおっと。…おっ、まだ、いる。カメラを構えてぐっと寄ると、頭部をくりくりと動かし、どうやら生きているようです。

翌日、その姿はなく、ほっとしたような、残念のような心持ちで、扉の周囲をなんとなしに捜索する。
秋が深まり、アキアカネの鮮やかな紅色が枯れてくすむと、実体が影に近づくのか、影が実体を覆うのか、どちらとも見分けがつかなくなります。とりわけ翅の影は、この辺りをすいすい飛んでいる時から、実体とほとんど同じ。

「とんぼ死んで影刻みおりくっきりと」。礼拝堂に黒い影はくっきり落ちていましたが、彫り込むように刻まれたのは扉ではなく心象に、でした。


「あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります(コロサイ2:16〜17)」。


伝統や律法による神への手がかりは「影」に過ぎない。この影、私たちに重ねて見るならば、祭礼や宗教儀式のようなものでしょうか。そうした歳時記に彩られた世は、キリスト者にとっていわば影で、再臨されるキリストがまことの「実体」なのだと。
私たちはキリストを真ん中に据えているし、否を言うつもりはない。だが皮肉なことに、キリストという実体はいつまでも摑み尽くせず、一方、世という影には手応えがあって親しい。

やがて召されて憩うであろう神の御許が、光で満ちていたり、一面の花畑などではなく、影なる世と見間違うような、雑多で悲哀ある場であったなら嬉しい。
礼拝堂の扉で、影と実体が混然となっていたアキアカネのようであるなら、いいのだけれども。Ω

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信 仰 と 沈 黙

イメージ 1漫画では、静寂の画面に「シーン」という擬音が書き込まれます。その影響からか、真面目な話し合いで皆が沈黙してしまった時など、緊張に耐えられずに誰かが「シーン」とつぶやくと、いくらか場がなごんだ感じになります。あの「シーン」は、静寂時に聴こえる耳鳴りの擬音でしょう。

下の田の稲刈りが終わった時期、草刈機を止めて、伝道所裏庭の雑木林で腰を伸ばすと、あの耳鳴りがはっきり聴こえました。
「しいんといふ文字書きたすか背戸の秋(拙作)」。花はなく、紅葉にはまだ早く、とりたてて指差すところもない秋の光景に、しばし陶然として「しいん」という耳鳴りを味わっていました。

木々のむこうに礼拝堂。礼拝では、私たちの生きている言葉で主を讃美し、心身に響く母語で主の言葉を読み、耳を澄ませてそれを聞く。裏の林に降りてみれば、「しいん」と耳鳴りが聴こえる沈黙の場がある。
なんという絶妙な調和でしょうか。意図したものではありませんが、八ヶ岳伝道所という「場」はそんな配置になっています。

復活されたイエスは、手応えを欲するトマスに言った。「わたしを見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである(ヨハネ20:29)」。
使徒であるトマスはかつて、実際にキリスト・イエスの愛の業を見、救いの言葉を聞いていました。しかし、それを見、聞いただけではまだ半分。「見ないで信じる」ことがその足りない半分でしょうか。

私たちもまた聖書によってキリストを見、神の御言葉を聞いています。それと同時に「見ないで信じる」ことも求められている。
キリストは私たちの知覚に働き、同時に知覚には納まりません。秋の林で「しいん」と鳴っている沈黙は、その納まらなさと関係あるような気がします。
「しいんといふ文字書きたすか背戸の秋」。この沈黙の擬音は、言葉に納まらない信仰を、暗示する響きなのかもしれません。Ω

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無機的で何の変哲もないような集会所のトイレ。便器、中古品を水道屋さんにもらったので無料。洗面台、300円のステンレスボウルで製作。金属製のワゴン、古道具屋で1,200円。照明、IKEAの水切りボウルに電球ソケットを組み込んで1,400円。木製の棚、縁材をうまく生かした青柳棟梁の技あり。壁面、信徒たちが珪藻土で塗って雅趣に富む。レンガ敷きの床、ひんやり淡々として無口。これらが、ありあわせで構成されたトイレに、八ヶ岳伝道所の姿が滲み出ている気がします。

20世紀後半、近代の思想体系が問い直されるうねりがありました。そのど真ん中にあったのがC.レヴィ=ストロース(19082009)が著した「野生の思考」。野生の思考は、未開社会は「野蛮」なのではなく「文明人」とは異なる高度な知性に統御されていることを発見したリポートです。その代表的な実例が、複雑精緻な婚姻制度と「ブリコラージュ(身近にある材を用いて自分の手でものを作る)」。ブリコラージュとは要するに、専門家による構想に従っての作業ではなく、周囲の自然物や廃材をよく観察し、見極められたモノに導かれて全体を作っていくこと。ですから完成するまで、その形や大きさは不明です。日本の場合であれば、縄文人や先住民がこれに長けていたと言われています。

ゆっくりゆっくり進む礼拝堂と集会所の建築を眺めながら、私は野生の思考を反芻していました。かといって私たちには、縄文人のような想像力や活力は望めないし、快適さの条件も口うるさくなっていますから、試みのブリコラージュを必ずしも楽観視できません。その点、信徒の中に近代と野性を橋渡しできる柔軟な棟梁がいてくれたことは幸いでした。ブリコラージュは必然的に「ゆらぎ」を生じさせるため、いずれまたここに混沌(創造の源泉)を招くことになるでしょう。

主はバベルの塔を見て言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。〜我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしてしまおう(創世11:57)」。

同じ価値観に同調させられるグローバル経済、支配者の言語が強要される覇権。この息苦しい一貫性は御手によって崩され、人々は解き放たれて己が野生の思考を恢復させる。観念的な教会のドグマ(教義)もまた、キリストを喚起する現実という「自然物」によって変容し続けるでしょう。こうした壮大な潮流を、八ヶ岳の小さな集会所のトイレが人知れず暗示している。はたして誇大妄想か、神は細部に宿るのか。Ω

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 日本の戦争の諸々を覚え、毎年8月中頃の礼拝で、私たちは日本基督教団のいわゆる「戦責告白」を唱えています。敗戦から22年を経た1967年の復活祭に公にされた戦責告白は、多方面から綿密に論じられており、内容に関して新たに述べることはありません。ただ、これが公にされて半世紀となる今日、その言葉遣いから見る国家観の微妙な差異を検証し、「クニ」のイメージを相対化することは意味があるかな、と考えています。

 言葉遣いの微妙な差異とは、「祖国」。「まことにわたくしどもの祖国が罪を犯したとき、わたくしどもの教会もまたその罪におちいりました」とか、「わたくしどもの愛する祖国は〜ふたたび憂慮すべき方向にむかっていることを恐れます」といった言い回し。「国」ではなく「祖国」と言うと、どのようなニュアンスが加わるのでしょうか。歴史や数多の事象が刻印された民族の記憶か、寄る辺なき者の望郷のセンチメントか。

 人口に膾炙した寺山修司の短歌、「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」。望郷を刺激する虚構の歌なのでしょう。場面を想定すると「ギターを持った渡り鳥=小林旭」と港のチンピラとのひと悶着が思い浮かんだ。「身捨つるほどの祖国」、さらに想像を跳躍させると、故郷を喪失させられた孤独なテロルにまで届きそう。そうなると古びた「祖国」は、むしろ現代を語るにふさわしい新鮮な言葉に思えて来ます。

 イエスが十字架にかけられる時、祭りの恩赦で(マルコ15:6)、「ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した(15:15)」。バラバは「暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒(15:7)」でしたが民衆に支持されていた。ということは、彼は帝国に支配された「祖国」解放に身を投じた闘士なのかもしれません。

 究極的には、「わたしたちの本国は天にある。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っている(フィリピ3:20)」。仮住まいとはいえ、まだ少し時間に猶予があります。教団戦責告白が示している祖国なのか、「身捨つるほどの祖国」の構えなのか、バラバのような祖国解放運動なのか、どれでもいい。各々が思い描いている近くて遠い「祖国」と、何らかの決着をつけておきたいものです。今、時のある間に。Ω

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うっかりする墓がいい


「石に腰を、墓であったか(山頭火)」。遊行僧の姿で各地を漂泊し、喜捨乞食(こつじき)の日々に数多の自由律俳句を記した種田山頭火(18821940)。よっこらしょ、草に埋もれた路傍の石に腰おろすと何やら文字(もんじ)が、うひゃぁ墓ではないか、という滑稽な哀句。よく知られた「うしろすがたのしぐれていくか」にしても、「分け入つても分け入つても青い山」でも、山頭火の句は柔らかく物悲しい。あれこれ考えずとも、その光景、その心象、その境涯、その悲しみやおかしみなどが、ぽっかり浮かびあがります。


 これから計画する八ヶ岳伝道所の教会墓も、小さな墓石一つにして、ともすれば腰かけられてしまうようなものがいい。自分の遺骨がそこに納められると想像し、誰かがうっかり腰をおろしてくれたらおもしろい。山頭火だって死者に対して「御無礼申し訳ない」というより、尻下の石に生の句読点を感じて、慰められる思いだったでしょうから。


 伝道所の作庭は無計画で夏季に草刈りするくらいですが、梅雨のとある日、十字架の周囲がどことなく墓所に見えました。このあたりに、うっかり腰かけてしまうような墓石を置けたらいいのだがなぁ。死者と生者が共に礼拝する感じにならないでしょうか。

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 「主は、モーセをベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷に葬られたが、今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない(申命記34:6)」。尾根や谷筋にはいにしえからの道があり、旅人がひと休みする時、そうとは知らずにモーセの墓石に腰かけている。そんなことを思い描くと、郷愁めいたものを感じて胸がしくりとなります。


 モーセは神の仲保者にして傑出した民の指導者。しかし、それを為さしめたのは主なる神なので、顕彰碑のような墓はふさわしくありません。伝道所が構想する墓も、神に従う者たちらしいものにしたい。すなわち、旅人がうっかり「石に腰を、墓であったか」となるような、慎ましく、長閑で、自然に溶け込んだものでしょうか。Ω




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