|
「信長さまはもういない」(光文社) 大好評発売中!
ええと、種明かしの前にちょっとご報告。
『週刊新潮(2016.9.15号)』に『信長さまはもういない』の書評が掲載されました!
「おお、やったー!」
今回も縄田一男先生が書いてくださいました。『こんな信長物語は、これまでなかった』というお言葉を頂いております!
「いつもありがとうございます!」
さて、今日は誰のことを話すんですか?
「そうですねえ。まずは柴田権六さんでしょうか」
ああ、柴田勝家さん。この方はめちゃくちゃ有名ですもんね。
「はい、イメージからそんなに逸脱していないはずです。実はこの柴田権六は、様々な事情で世に出すことのできないテクストから抽出して形にしました」
なんかさらっと怖いこと言ってね?
「いいんだよ。この話に触れるとわたしは怖いよ?」
ひいっ! なんか昔あったみたいですね!?
「若書きとはいえあの権六はイメージとして悪くないので、流用した次第です。―-逆に言うと、本作ではあんまり権六さんって語ることが多くないんですよ。恒興さんともほとんど絡みませんしね」
まあ、そうですよねえ。
「そうそう、実は、津田信澄さんの後見人が柴田さんです。あ、これは作中でも書いてましたね」
では、次は……。
「丹羽長秀です」
うわ、来た。今回一番の問題児じゃないですか!
「どうして?」
いやだって、丹羽長秀といったら米五郎左の愛称で知られて、人格者というイメージが強い人じゃないですか。あの人をああも悪辣に書きますか?
「でもさー。信長幕下の武将たちってみんなアク強いじゃないですか。その中での“人格者”なんて、どれほどのもんじゃいと思ったんですよ」
すげえ言い分……。
「で、丹羽さんは前線での働きというよりはむしろ帷幄の奥に居て領国経営や造作なんかに辣腕を振るっているので、吏僚的なイメージで造型しています」
なるほど、石田三成みたいな。
「そうそう。信長さんって頭いい人が好きなんじゃないかなと思いまして」
でも、だからってあんなにイヤミに書かなくても……!
「うーん、それは、津田信澄さんを殺しちゃったという一点において、このお話においては割を食っちゃう運命だったんですよねー」
なんてこった。でもあれは実話なんですよね?
「ええ。実際に殺っちゃってます。信澄さんの嫁が明智の娘だったとはいえ、この殺害は丹羽さんの野心が見えちゃってるなー、という逸話のような気がしています」
でもこう、対照的な二人でしたね。
「はい、自分の仕えるべき新たな主を探そうとしていた節のある権六と、主を自らがコントロールしようと思っていた丹羽、という違いですね。そういう意味では、丹羽の方が羽柴に近いという設定です」
なるほど……。そういえば、清洲評定の件なんですが。
「はい?」
清洲評定って、あんなに紛糾しなかったという説がありますよね。
当然ご存知ですよね。
「もちろん。今一般に膾炙している清洲評定の元ネタは、江戸時代に成立したとされる川角太閤記という書物で、その中で「四宿老が次なる御世継ぎを選ぶ際、すったもんだがあって三法師になりました」という筋書きがなされていたのですが、同時代史料にこの筋書きを否定するような証言もあるのでかなり怪しいです」
でも谷津さんのこのお話では、完璧に川角太閤記のまんまですよね? なんで?
「決まってるでしょ、そっちの方が面白いからだよ!」
ええええええ!?
「だって見たいですか? 実は四宿老(この内訳にすら諸説ある)の間で既に三法師擁立ということで話は決まっていて、僅かに紛糾したのは遺領配分だけだった、みたいな清洲評定。ドラマがないでしょ」
確かにそれはそうですが……。
「というわけで、川角太閤記を全面採用した次第です」
すげえ正面突破……。
続く。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





