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龍馬を知らなければ多分、知る事も行く事も無かった「鞆の浦」という土地。
龍馬の史跡を追いかけて広島まで足をのばしました。(過去の記録です)
鞆の浦は龍馬率いる海援隊の船「いろは丸」(160トン)が物資を詰め込み 長崎から大阪へ向かう途中、岡山の六島沖で紀州藩の「明光丸」(887トン)と衝突し
沈没するという「いろは丸事件」が起こり
紀州藩との賠償交渉が行われた場所です。
また8.18の政変で失脚した長州系の7人の公家が京を追われ
長州に落ちのびる際に立ち寄ったという史跡も残されています。
新幹線で福山駅で降りました。
福山駅の目の前にで〜んと「福山城」。
福山駅から鞆の浦へは鞆鉄バスが繋いでいます。 約30分程で鞆の浦に着きました。
潮の流れに左右された帆船の時代「潮待ちの港」として栄えたそうです。
「凪」という言葉がしっくりくるような穏やかな海。
水揚げされたばかりのシャコを茹でていました。
浜売りの方の” 食べてってね〜” との声に飛びつく家族。
足がザワザワしている生き物が苦手な私は後ずさり。
癒される風景です。
潮の香りがしていたんだろうな〜忘れたけど。。。
「いろは丸記念館」。
いろは丸の積み荷の賠償額は最終的に紀州藩が支払う事になりますが (現在のお金に換算するとうん十億)
後の捜査では龍馬が積んでいたと主張した鉄砲や銃火器等の積荷は発見されなかったとか。
真実はいかに・・・ですね。
「いろは丸事件」の談判会場となった「福禅寺 対潮楼」。
福禅時の客殿として1694年に建立されています。
客室の窓から望む弁天島、仙酔島。 京を追われた尊王攘夷派の7人の公家が立ち寄った「保命酒屋」の遺跡。 「保命酒」とは鞆の地で江戸時代から作られている薬味酒のこと。
現在も4社で作られており味も少しずつ違うと言われ
試飲させていただきましたがよくわかりませんでしたね。
私のお酒の試飲の原点は鞆の浦だったのかしらん。 2社の「保命酒」をお土産に買いました。
桝屋清右衛門宅です。
寓居跡の石碑がありました。
どこを切り取っても絵になる鞆の町です。
当時は人物を入れて写真を撮ることが多かったのでモザイクが多くなってしまいました(汗)
鞆の浦での宿泊は下の写真の右側に写っている「鴎風亭」。
家族3人旅でした。
部屋からのオーシャンビュー。
こちらは温泉からの眺め。
泉質はラジウム温泉だったらしい。(意識していなかった)
夕食
朝食
大河ドラマ「龍馬伝」の放映より数年前に訪問した鞆の浦は
瀬戸内の穏やか〜な風景が残された癒しの港まちでした。
龍馬にとっては「いろは丸事件」の事で癒しどころではなかっただろうと想像しますが。
幕末の歴史に熱くなっていた頃なので殆どの観光は
龍馬に関連した場所に限ってしまっていたので
久し振りに振り返ってみて勿体なかったなと感じました。
もう一度じっくり観光してみたい鞆の浦です。 |
広島県
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尾道へ来たのはこの時が初めて。
なぜか私は昔っから尾道と倉敷を混同してしまう。 尾道は坂の多い町である。(←小説の書き始めみたい) 坂の町というと、私には長崎のイメージが強いけれど 確かにこの辺りは坂ばかり。 生活する人は大変そうだな〜。 最近TVで尾道の空き家を取り上げた番組を見たけど 身体が不自由になったり、体力が衰えたお年寄りが住むにはきつそうだ。 でも、ふらりと訪れるだけの旅行者には現実はあまり関係が無い。 坂の町はロマンチックというよりも、郷愁かな。 生活感漂う昭和の路地裏の様な懐かしさと遠ざかる時代への哀愁。 都会はだんだん生活感を無くし洗練されていくばかり。 そんな空間にも憧れるけど、どこかでこちら側へ戻りたい気持ちが揺れるんだ。 こんなことを思うのは昭和の人間だからなのかな。 K女史も何かに思いを馳せているようだったのでふたりとも黙って歩いた。 ふとK女史に「ここって何県だったっけ?」と聞くと 一瞬考えているようだったので玄関先に出ている方に聞いてみた。 「あの〜、ここ何県ですか?」 その人は「はぁ?」という顔をしてから笑って 「広島県ですよ」と言った。 家に帰ってからその話を家族にしたら笑われてしまったけど でもこれを思い出す度に、「尾道は広島県で倉敷は岡山県」と 私の頭は正しく認識するのだ。 旅は知識を深める・・・(^^ゞ |
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今年の桜も見納めかな〜と思って、近所の桜並木を歩いてみました。
川面は散り急ぐ花びらで覆われゆっくりと流れ 春はいく〜という感じでした。 皆さんの地域はいかがでしょか? 今日は桜の思い出を。
あまり行く機会の無い中国地方だけど
同じ職場だったK女史がご主人の仕事の関係で広島へ引っ越したので、 一度訪ねて行ったことがあった。 2人ともまだ一度も行ったことが無かった尾道へ行こうと話がまとまり 千光寺まで足をのばしてみた。 狙ったわけではないけれど、ちょうど桜が満開。 この地で10代の多感な時期を過ごした林芙美子さんの小説 「放浪記」の一節が書かれた文学碑があった。 「海が見えた。海が見える。5年ぶりに見る尾道の海はなつかしい。 汽車が尾道の海へさしかかる。 煤けた小さい町の屋根が堤灯のように拡がっている。 赤い千光寺の塔が見える。 山は穏やかな若葉だ。 緑色の海の向こうにドッグの赤い船が帆柱を空に突き刺している。 私は涙があふれてきた。」 ここで見た風景なのだろうか。。。(ノ△・。) シチュエーションにもよるが割と簡単に感情移入出来てしまう特技。 千光寺から下りてきて いくつも並ぶお寺を巡り歩いた。 どこも桜とのコラボで美しい景色が続いていた。 桜の季節になると、この尾道の風景が浮かぶ。 お花見の習慣は無いけど、もう一度行きたいナと思う。 |
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