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11日付東京新聞夕刊。
金原ひとみさんが書いている。
最後の段落だけ引用しておきたい。
しかし多くの人が癌で死ぬ可能性よりも、個々の人間とは無関係、
無慈悲に動いていくこの社会に対して、私たちが何もできない
ことの方が、よほど絶望的かもしれないのだ。
私たちは原発を制御できないのではない、私たちが原発を含めた
何かに、制御されているのだ。
人事への恐怖から空気を読み、その空気を共にする仲間達と
作り上げた現実に囚われた人々には、もはや抵抗することは
できないのだ。
しかしそれができないのだとしたら、私たちは奴隷以外の
何者でもない。それは主人すらいない奴隷である。
結びの言葉が痛く心に染みた。
放送禁止歌のなかで森達也さんがおっしゃっていた事と同質だ。
自主規制が勝手に一人歩きして勝手に放送禁止としていた。
悪しき共同幻想だね。
それでも「竹田の子守唄」が放送禁止になるくらいの被害ならば
たいしたことではない。
だがそれを撃たなかった我々の日常が、原発に対して
主人すらいない奴隷状態になったのだとしたら
それは大変な事だ。
このような共同幻想はたぶん、構成員全員がその理念を
取り下げてしまえば崩壊する。
たとえば今現実に日本で流通している1万円札でも
日本人全員が「これは違う」と思えば通用しない。
どっかの国の高額紙幣を持ってきて田舎で使おうとしても
通用しない。それは法律の問題ではなく認知の問題だろう。
逆に田舎だと図書券やビール券があたかも現金のように
使えるところもある。
共同幻想ならばその構成員が改廃できるはずだ。
そうだよね。金原さん、そういいたいんだよね。
わたしは抵抗したい。私は原発を制御したい。
(本日、世田谷の小学校の通学路で2.7マイクロシーベルト/時である。)←この行、削除。
(これはフクシマとは関係ありませんでした。ラジウムでした。
たぶん、古い夜光塗料でしょう。
しかし千葉船橋では5.82マイクロシーベルト/時を朝倉幹晴市議が
計測しています。フェイスブックの朝倉市議のところで詳しい話が読めます。)
本日、千葉の船橋アンデルセン公園で5.82マイクロシーベルト/時である。
こんな危険な状態を許しておいていいはずがない。
規制値の数字をいじっておいて安全だと言うまやかしも撃たなければならない。
ベラルーシの20倍の規制値にして安全だといっていては
子どもは守れない。
20年後にこの国の20歳〜25歳の人口が激減するのを
だまって見過ごしておくのだろうか??
原発はすべて停めなくてはならない。
それもなるべく早急にだ。
それだけは、我々がこれからも、この島に暮らしていきたいのならば確かなことだ。
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