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山王林道のミネザクラ(峰桜) ?
ミネザクラ(峰桜) Web・デジタル大辞泉より バラ科の落葉小高木。本州中部以北の高山に自生し、葉は倒卵形で先が尾状にとがる。5、6月ごろ、葉と同時に淡紅色の5弁花を開き、黒い球形の実を結ぶ。たかねざくら。【2014年5月31日撮影、栃木県日光市にて】 |
桜花(桜前線)
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城山公園(茂木城跡) '12.4.22旧専売公社茂木工場跡地より 城山公園(茂木城跡) 現地案内板より 茂木氏の祖、茂木知基(とももと)が建久(けんきゅう)3年(1192年)に築城し、以来約400年間にわたって茂木氏が居城していました。この城は別名 桔梗(ききょう)城 ともいわれており自然の地形を利用した城で、眺望もよく敵状をさぐるのに最適でした。現在は、城山公園となっていて、眼下に町を一望することはできます。−環境省・栃木県− 茂木城 本丸城木戸付近 '12.4.22城山公園第2駐車場より サクラ(染井吉野)の絨毯 '12.4.22茂木城 本丸にて 茂木城跡からの眺望 '12.4.22茂木城 本丸にて ヤマザクラの並木 '12.4.22茂木城 千人溜にて
茂木氏と茂木城 現地案内板より 鎌倉幕府は、有力御家人八田知家は、奥州藤原氏討伐の際の功により、源頼朝から下野国茂木郡を賜り、三男知基をしてここを守らしてたのが建久3年(1192年)である。 知基がこの地の桔梗山に城を築き茂木氏を名乗った。以後400年16代にわたり茂木氏の居城となり、慶長15年(1610年)細川興元によって廃城になるまで続いた。 茂木氏は武勇の士として知られたが、特に南北朝時代には大いに武名があがり歴史のなかにに度々現れる。その間二度にわたり落城している。 徳川氏の時代になると、佐竹氏と共に秋田へ転封になり茂木氏の時代は終わった。細川忠興の弟興元は茂木を領するや、城山の盆地に陣屋をつくり茂木城を廃した。 その後茂木城跡は耕地や山林として利用されたが、空堀や土塁、池など戦国時代の山城の戦略的な機能はそのまま保存されており、茂木町の誇れる文化財になっている【撮影:2012年4月22日、栃木県茂木町にて】 |
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どうやらシキザクラ(四季桜)のようです。 根本山公園のシキザクラ(四季桜) '11.11.8
シキザクラとジュウガツザクラ 現地解説版より エドヒガンとマメザクラの雑種。花は10〜4月頃まで咲き、特に11月〜12月頃と4月下旬に多い。シキザクラは一重の花で、ジュウガツザクラは八重の花。【2011年11月8日撮影、栃木県真岡市にて】 |
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満開の十月桜 '11.11.6
十月桜(ジュウガツザクラ) Web・Yahoo!百科事典[日本大百科全書(小学館)〕より ジュウガツザクラ(十月桜、学名:Cerasus × subhirtella ‘Autumnalis’)は、バラ目バラ科サクラ属の植物。桜の園芸品種。毎年、年に二度開花する。エドヒガンの系列でコヒガンの雑種とされている。 花が4月上旬頃と10月頃の年2回開花する。花は十数枚で、花弁の縁が薄く紅色になる。また萼筒が紅色でつぼ型である。春は開花期に新芽も見られる。また、春のほうが花は大きい。 樹高は5m程。 シキザクラ、コブクザクラ等も年に年2回開花する。また、フユザクラは冬に咲くが、別種。 秋口に咲く特徴から紅葉する樹木と共に植えられることもあり、桜と紅葉が楽しめるように設置される事もある。十月桜の花 '11.11.6 【2011年11月6日撮影、茨城県常陸大宮市盛金にて】 |

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