れんげ草の咲くさんぽ径〜舟木一夫の世界

55周年ツアー・コンサート大盛況のうちに完走!心からおめでとうございます、そしてお疲れさまでした。

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舟木さんを愛する皆さまへ
 
いつも、いつもご訪問いただき本当にありがとうございます。
実は恥ずかしながら、このたび、たくさんの舟木さん歌唱の動画を作成してくださっている舟友さんのご厚意で私のブログを紹介する動画まで作ってくださることになりました。
昨年の秋から、そのようなお申し出を頂戴し、こんな拙いブログからどんな動画ができるのか・・・なんとも恥ずかしく、恐縮の限りだという想いでおりましたが、先日、その完成した動画を拝見させていただき恥ずかしさよりも嬉しさでいっぱいになりました。全くのITオンチで、決まりきった手順でしかブログの作成もおぼつかない私ですので、自分の手慰みのようなブログがこんな風に動画として大好きな舟木さんの「れんげ草」をBGMにしてひとつの作品となって皆さまに御披露できることに感激しています。手前みそのようで本当に恐縮ですが、お骨折り下さった舟友さんへの心からの感謝を込めて、ここにご紹介させていただきたく思います。
 
れんげ草の咲くさんぽ径〜舟木一夫の世界 春日局のブログ ↓ 
http://blogs.yahoo.co.jp/uesaka679kazuo/11819299.html
 
http://www.youtube.com/watch?v=akbNXU3uhoY   youtubeでも御覧いただけます
 
イメージ 1私は1952年生まれですから、舟木一夫さんがデビューなさった時は、まだ小学五年生でした。
ですから、多くの舟木さんファンのように「高校三年生」での「鮮烈な出逢い」という体験をしたわけではありません。おそらく舟木さんがデビューから一年ほど経過した頃から気になる存在になったんではないかと思います。大河ドラマ「赤穂浪士」の矢頭右衛門七は印象深く記憶にあります。舟木さんの右衛門七をテレビ画面の前でかしこまって待っていたことはしっかり覚えています。
イメージ 2それから中学生になる年の春休みに観た「北国の街」で私としては初めて舟木さん演じる高校生・海彦さんの詰襟姿に心を鷲づかみにされたのですから、デビュー曲「高校三年生」の詰襟の舟木さんという印象よりも映画「北国の街」での切ない初恋に心揺れる制服姿の舟木さんのイメージが強くあります。
 
イメージ 3そして、何度もブログでしつっこくとりあげている「絶唱」の園田順吉は決定的に私の中の舟木一夫像をかたちづくりました。芸能雑誌などは買えませんでしたから、この作品を舟木さん自らが日活に企画を持ち込み熱意をもって取り組まれたことなど知る由もありませんでしたが、思春期の私にとって、この映画と歌がどれほど大きな影響を与えたか計り知れないと思っています。でも、皮肉なことに舟木さんが演じた園田順吉という純粋で正義感と優しさにみちあふれた若者は具体的な憧れの男性というより、抽象的な社会正義のシンボルとして私の中でひとり歩きをはじめてしまったようです。高校生になってからはどちらかというと芸能界のことより社会で起きていることの方に関心が向いてしまい、「絶唱」をピークにしてすっかり舟木さん離れをしていくことになります。
舟木さんとの「再会」は、それから46年後の2012年9月の新歌舞伎座公演です。歌舞伎、文楽、能・狂言、落語など主に伝統芸能の舞台に親しみ始めたのは40代後半からですが、話題作のミュージカルや一般演劇も含めナマの舞台全般が好きでほぼ毎週仕事が休みの土日は、西へ東へと移動して楽しんでいました。スケジュール手帳にびっしりと予定が入っているのですが、たまたまその日は空白があって、「なにかやってないかな?」とネットで「チケットぴあ」の検索をかけていたら、「舟イメージ 4木一夫」の文字が目に入りました。これが、運命の「出逢い」だったんですね(笑)「絶唱」が聴けるかも・・・・今思えば、それが最大と言えば最大の動機だったのかも知れません。「舟木一夫」より「絶唱」のほうが私を惹きつけたということは、それほど「絶唱」が私の人間形成にとって大きなものだったのでしょう。舟木一夫というスターは46年の間はほとんど私の視界の中にはいなかったと言っても過言ではないのですが、園田順吉さんはずっと私の心の奥深くに住んでいました。
ところが・・・46年後に「再会」した舟木一夫という人は、園田順吉の46年後の面影をそのままに体現したかのように私の前に現れて下さったのです。まるで雷に打たれたような嬉しい衝撃でした。
言葉では説明できないのですが、「絶唱」で中学生だった私を感動させて下さっ舟木さんは、46年後も私のその時の感動の想いを裏切らない空気感を纏っていらっしゃいました。しかも逞しく大らかな魂を持つもっともっと人間として成長した順吉さんになっていると思ったのです。
現実の舟木一夫という人を全く知らないで過ごしてきた46年間でしたが、園田順吉の46年後を照らし合わせることができたということは私にとって長い年月離れていた舟木さんにあっと言う間に再び近づくことの大きな助けになりました。その後、いろんな資料を読み、「絶唱」が舟木さんご自身の強い意志によって作られた作品であることを知り、ますます舟木一夫という人への信頼や尊敬の気持ちが私を捉えました。
 
舟友さんが今回、私の拙いブログの「紹介動画」を作成して下さったことへの御礼としてあらためて、なぜ私が舟木一夫さんにこれほど惹かれ触発されるのか、自分自身の気持ちの確認の意味も込めての想いをくどくどとまとめてみました。

                 
 
イメージ 8れんげ草の咲くさんぽ径〜舟木一夫の世界
 
花々と星々と 空と海
鳥の声 虫の音色
私の五感を震わせる
森羅万象にも似た
あなたの歌声 そして佇まい
力強い魂の輝きは
私に限りない勇気と
過ぎ去ったあの日の夢を
届けてくれました
両手いっぱいの
ありがとうの言葉を
あなたへ
 
 

 
 
春日局:プロフィール
大好きなものや気にかかることがたくさんありますがこちらのブログでは「舟木一夫」さんをメインに据えて、彼の歌や彼の言葉など「舟木一夫」をキイワードにしたあれこれをジャンルにとらわれず思いつくままに書き綴っていきたいと思います。
​道端でふと目にした「れんげ草」に寄せる思いのように、私の心の散歩道の気儘な覚え書として記していくことになるでしょう。
​*プロフィール写真の「れんげ畑」のセレクトもタイトルも私のお気に入りの舟木さんの自作曲「れんげ草」からいただきました。
 
右下のこの写真も某大先輩の舟友さんが作成して下さった名刺に使っているお写真です。この写真のセレクトからレイアウトデザインも全てお世話になりました。本当にたくさんの舟友さんの優しさとご親切に囲まれ、舟木一夫という人の偉大さを日々痛感しています

イメージ 5れんげ草 上田成幸 作詩・作曲
(アルバム「​WHITEⅢ」収録 1998年発売)
 
愛する人の胸で
夜明けの雲をみたい
まるで初恋の 少女のように願う
恋手紙(こいぶみ)のひとつさえ
書けぬまま
い・の・ちを花びらに
宿せるものならば
あ​なたのふるさとの
小さな れんげ草
あなたがもしも・・もしも
ふりむく時が来たら
かたく瞳(め)をとじてそっと髪をほぐし
美しく見えるよう
祈るだけ

い・の・ちを花びらに
宿せるものならば
あ​なたのためにだけ
こぼれる れんげ草
 
イメージ 6い・の・ちを花びらに
宿せるものならば
あ​なたの夢に咲く
ほのかな れんげ草
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
舟木さんのオリジナル曲ではありませんが、アルバム「花もよう」
(1976年10月発売)に収録されている「れんげ草」(ビリー・バンバン)
も舟木さんならではの世界に誘われるやさしさあふれる歌唱です。
ブログ紹介動画では、この曲もBGMとして流れます。
 
イメージ 7れんげ草 作詩・作曲:安東久
 
山のふもとの 小さな村に
咲いたかわいい れんげ草よ
おぼえているかい
あの娘のことを
えくぼが かわいい娘だったね
黒いひとみで ほほえんで
れんげ草を ぼくにくれたっけ
あの日はきりが かかっていたね
おぼえているかい
れんげ草
 
おぼえているかい あの日のことを
おぼえているかい れんげ草よ
あの娘のおとした 涙のことを
えくぼに 真珠がおちてたね
あの娘のかたに 手をおいて
うつむいたまま ぼくにくれたっけ
あの日もきりが かかっていたね
おぼえているかい 
れんげ草
 
 
私のブログの第一回目の日記は昨年の3月6日にスタートしました。もうすぐ丸一年を迎えます。
思いつくまま、気ままに書き散らしておりますが、毎日ご訪問下さる皆さま、あたたかなコメントをお寄せくださる皆さまに励まされて、これからもできる限り「舟木一夫の世界」を楽しくさんぽしていきたいと思っています。これかもどうか、よろしくお願いいたします。

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春日局さん 「れんげ草の咲くさんぽ径〜舟木一夫の世界」を二つの「れんげ草」という優しい曲にのせて、心地よい動画に仕上げて下さいましたね。春日局さんの探究心によって、舟木さんの歌い手・俳優としての50年の歴史をより深く広く理解できたように思います。若い舟木さんやナイスミドルになった舟木さん、多彩な活動やその背景などを1年とはとうてい思えない充実した内容に仕上げておられる春日局さん、似顔絵と一緒にご本人のイメージを浮かべながら動画を楽しませて頂きました。

2014/2/11(火) 午後 3:37 ゆふぎり 返信する

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春日局さん こんにちは。
大変素晴らしい記念動画ができましたね!。
ご自分としては感動もの!と思います。
まさにプロの出来栄え!・・・。
春日さんの大変情熱の溢れた記事に対するご褒美でしょうね!。

2014/2/11(火) 午後 4:21 [ いつでも青春♪ ] 返信する

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ゆふぎりさん、先日の大宮のコンサートではあらためて舟木さんとの「再会」に間に合ったことの幸運を噛みしめました。十代の頃の舟木さんとの思い出はほんのわずかで短い期間だったのですが、今思えば思春期という特別の季節に凝縮された宝石のような思い出だったのかもしれません。何より舟木さんが何十年もの時を超えても少しもくすんでいない透明な魂を維持し続けて下さっていたことが嬉しく、また励まされるような想いがしました。枯れかけていた私の感性に清涼な水が沁み込むようなステージを届けて下さる舟木さんがいつまでもお元気でいて下さることだけが今の私の願いです。これからもゆふぎりさんや舟友の皆さんとご一緒に舟旅を続けていきたいと思っています。

2014/2/11(火) 午後 4:42 春日局 返信する

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いつでも夢を♪さん、本当に素晴らしい記念の動画をプレゼントしていただき感謝に堪えません。作成して下さったkazuyanさんの動画はまだ舟木さんの音源を全く手に入れていない頃からたくさん拝見して私の知らなかった舟木さんの歌にも触れることができました。お世話になった上にこのような身に余る作品にしていただき恐縮していますが、嬉しさいっぱいです。舟友の皆さまの舟木さんへの熱い想いと舟木さんの偉大さに励まされてますます頑張らなくては(笑)と思っています。あたたかなコメントをありがとうございました。

2014/2/11(火) 午後 4:50 春日局 返信する

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春日局さん、素晴らしい動画に仕上がっていますね。舟木さんの写真の中に春日局さんの写真があるのが特にいいです。一緒に歩んできたようで。みなさんもきっとご自分の写真と舟木さんの写真を一緒にしてみたいでしょうね。皆さんそれぞれ舟木さんとの出会いと歩みがあるのですから。私は「高校三年生」をきいて(いい歌だなあ)と思ったのが最初だった思います。そして詰襟姿の舟木さんを見て、その頃は特に男性っぽくなかったので(少年ぽい歌手はその頃いませんでしたものね、しかも清らかな感じで)小学生の私などは安心して(笑)好きになったのでしょうね。そしてやっぱり熱を入れたのは中学生になってからです。男性に憧れや興味をもつ年頃なので舟木さんに一直線に向かったのでしょう。その後の歩みは春日局さんと少し似ています。でも舟木さんは写真や映像がたくさん残っていて(現在進行形)嬉しいですね。いろいろな時代の姿を行ったり来たりする度に想いも広がりますもの。この動画でもそれを味あわせて頂きました。

2014/2/11(火) 午後 7:17 [ 復活舟木組 ] 返信する

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復活舟木組さん、私は舟木さんを子どもの頃から好きでしたが、ただテレビで観たり映画で観たりするというだけでレコードも買ったことはなく芸能雑誌などで舟木さんの情報を仕入れるなどということは全くしませんでしたから舟木さんと「再会」してから初めてデビュー当時からの足跡などがわかる本や音源などに触れたのですがそうして舟木さんの旅路をたどることは自分自身の十代からの人生をたどることと重なりました。舟木さんの全盛の頃、お昼寝の頃、見事な快進撃での復活を果たされて行く頃、そして今・・ほぼ同時代の背景を背負って生きてきた舟木さんの生き方を知れば知るほど芸能人であるという特殊な部分を差し引いても尊敬の対象となり得ました。本当に舟木さんに関してはその時代、時代のたくさんの映像や音源が残っているので今目の前にいる舟木さんと若い頃の舟木さんを交錯させて自分なりの舟木一夫像を織りなしていくという作業ができることも幸せなことだと思っています。こうして気儘に書き散らしている記録が今回のような形となって大好きな「れんげ草」をバックにひとつの作品としていただけたことは夢のようでとても感激しています。

2014/2/11(火) 午後 10:29 春日局 返信する

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こんばんわ、お久しぶりです。春日局さんのブログを始めて見つけたのはデビュー当時から舟木さんファンの夫です。こんなに詳しい資料を並べて楽しんで方があると。それを素敵な動画にされたのですね。楽しい人生の一ページができましたね。私が生まれた島根にはれんげ草の咲く田畑が沢山ありましたが今は見つけるのが大変です。そして夫の古里三重この小さな町に転勤族の夫がリタイヤして帰って来ましたが開発が進みれんげ草も雲雀の声もなく、しかし、舟木さんのコンサートに行くと懐かしい青春時代にタイム・スリップです。夫も受験勉強の合間によく舟木さんの歌を口遊でいたとか、私もテレビだけが楽しみでした、右衛門七討ち入り、思い出深い忘れられない歌です。高校の三年間は舟木さんの歌で楽しい思い出が沢山できました。感謝感謝です。

2014/2/11(火) 午後 10:41 [ tom*e22** ] 返信する

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tom*e22**さん、島根のお生まれなんですね。私たちが子どもの頃は、れんげは田んぼの肥しとして当たり前のように春には一面のピンクの花を咲かせていましたね。そのれんげの姿を今ではほとんど見ることができないのは淋しいです。舟木さんと「れんげ草」は私の中で深く結びついています。御自作の「ROCK'N ROLLふるさと」では萩原町の風景として「♪学校サボってれんげの畑 ハモニカ ピプッポー♪」も歌われてますよね。それで春に萩原に行ったときに一生懸命れんげを探しました(笑)萩原からひとつ一宮寄りの駅の二子という駅までの間に小さいけれどれんげ畑を見つけた時には「バンザ〜イ!」と思いました(笑)お互いに地方育ちですから本当に遠い遠い存在の舟木さんでしたが何か大きなものを私たちの心に刻みつけてくださったことは間違いないですね。

2014/2/11(火) 午後 11:13 春日局 返信する

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春日局さんこんばんは。
kazuyan_hm さんのプログを拝見いたしました。
素敵な動画です。
春日局さんの興味ある分野の知識の広さに感服しております。
その一つが舟木さんの世界で嬉しいです。
ありがとうございます。

2014/2/11(火) 午後 11:54 [ kaoruko ] 返信する

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kaorukoさん、十年ほど前に初めてブログを始めたのですがワケあって6年まえに閉鎖しました。昔は落語や歌舞伎など自分の観たもの聴いたものや日々の雑感などを書いていました。舟木さんと再会して「武蔵野舟木組」を訪問するようになってsasuraiさんからブログを初めてはどうですかと言われ、一念発起して「舟木一夫」のワンテーマに絞って新たにスタートさせることになりました。ワンテーマではありますが舟木さんの長年の芸能活動や人間力というのは驚くほど多岐にわたりますから結果的には思いがけない分野まで広がっていく結果になってますね(笑)「舞台」というフィールドはその中央に立つ表現者のみならず脚本・構成・演出・美術・音楽などなど総合芸術の世界だと思いますが舟木さんのステージやお芝居を拝見しているとそのすべてにプロフェショナルとしての力量と会場に足を運ぶお客様への深い敬意が隅々まで感じられ心地よい充足感に満たされます。様々なインスピレーションを刺激して下さるのでとんでもないところへ脱線もするでしょうがこれからも宜しくお願いいたします(笑)

2014/2/12(水) 午前 9:41 春日局 返信する

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春日局さん 二つの”れんげ草”の構成で素晴らしい動画を作成して頂いて、本当に良かったですね。こうしてまとめて頂けるのは、ブログ作成の記録としても、記念としても本当に有難く嬉しいものです。
ブログご紹介の舟友さん数が増える度に、ますます舟友さんの輪、舟旅の楽しさを味わうことが出来て、kazuyan_hm さんの立てられた企画に感謝の気持ちが湧いてきますね。

2014/2/17(月) 午後 11:19 満天の星Lovely 返信する

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満天の星さん、舟木さんと再会する以前、私が中学生の頃から知っている舟木さんの曲は全部で10曲もあったでしょうか?kazuyanさんのアップして下さっている動画で全然知らない舟木さんの曲を聴くことができました。規制が厳しくなってたくさんの舟木さんの曲の動画が消えてしまい残念に思っていますが、こうした形をとってなんとかたくさんの人に舟木さんの曲を聴いていただくことができれば、これに勝るものはないと思います。舟友さんの輪の広がりで舟木さんの歌声をひとりでもたくさんの人に聴いていただけたらそれが一番理想的だと思っています。kazuyanさんの企画は本当に素晴らしくて舟友さんの輪の一端に加えていただけたことを光栄に思い感謝の気持ちでいっぱいです。

2014/2/17(月) 午後 11:40 春日局 返信する

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