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大月市(大平)廃村篇/1の続きです。
大平までの峠道には規模の大きな炭窯跡が無数に点在しています。里山へ人が入らなくなってしまった現在で
はこの炭窯跡だけが当時の面影を残す唯一の遺産となってしまったかのようでした。
途中からは道と言えるものもなく大小の沢が点在するだけでほぼ迷子のような状態を覚悟しました。しかし、ちょ
うど道が途切れたのは大小ある沢の中でも本流と呼ぶべき大きめな沢のところでした。
水の無いところでは人は住むことはできません。必ず水のある所へ人は住むものです。
いちかばちかで沢沿いの斜面を登ってゆくことにしました。
記憶は定かではありませんが登山口より少し歩いたところに建てられていた石塔です。前回貼り忘れましたので
追記します。山の神。なかなか古そうです。さっと彫られている印象を受けます。
山の恵みを糧とし生き、時には災害も受けたでしょう。その山への感謝の心を忘れることなくまた敬い共栄を望
む人々に対し山は答えてくれたことでしょう。
急な沢沿いの斜面を登ること15分、目の前に突如現れたのは大きく開けた森。ビンゴか!?
もしそうなら村の人が言っていた小屋があるはず。
あたりを必死に見渡すが何も見つからない。
少し前進すると土塁のような小丘のてっぺんに何かが見えた。
思わず駆け寄ってみると祠らしきものと視認できる。
目印の小屋はまだ見つからない。
ここが目指してきた大平かもわからない。
ひとまずこの祠を確認するしかなさそうだ。
祠を確認した。しかし何も手がかりは見つからない。
だが、だんだんとここが大平である確信が湧いてきた。
ひとまず周りを見渡してみると人工的に手の入っている箇所がいくつも見えた。
畑跡である。
小屋の他に竹林があるとも聞いていた。写真右側には枯れてはいたが沢がある。
その周辺から畑に掛けての一体がまさに竹林であった。
今では雑木があちらこちらに茂ってはいるが、このような山の上にこれだけの平らな地形があることに驚いた。
ちょうどお椀のような地形と思っていただきたい。広さは100m四方は簡単にあるのではないかと思う。
大平という地名の由来は間違いなくこの地形にちなんで付けられたものと容易に推測できた。
まずは人の居た痕跡を探すことだ。
発見!!印判手の茶碗のかけらだ。
この他にも無数の破片を見つけた。
肝心の小屋も風化により倒壊、朽ちてしまったのかもしれない。
なにしろ広いので全てを探索することは不可能でした。また非常に寒く、このままでは生命の危機を感じたので
早足で探索することにした。
架線の残骸だろうか?何やら建物に使われた木々もあちらこちらに確認できるが、半分雪が掛かっていてよくわ
からない。なにしろ寒いくて早く下山したい気持ちの方が先だって集中できない。
震える体でやっとの思いでこいつを掘り出した。
戦後すぐくらいのビールの空き瓶だ。
超広角レンズがあればよかったが残念ながら持ち合わせていなかったので、雄大さは伝わりにくいですが本当
に広いところでした。
あまりの寒さにトンボ返りでしたが、無事に大平に着け、また当時の人々の生活に少しでも触れられたことはとて
も良い経験になりました。
下山後村の人に見たことを伝えるとやはりここが目指していた大平だったようで安心しました。
これで大月市(大平)廃村篇はおしまいです。 評価(☆五つが最高評価です)
・感動度 ☆☆
・古き良き日本度 ☆☆☆ |
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2013/2/17(日) 午前 7:40 [ h32*62b*b*z59 ]