日本懐古録

忘れてはならない「日本の心」を山梨を舞台に探して行きたいと思います。

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追憶の集落「富士川町山王地区廃村篇/2」 の続きです。
 
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神社の前の道を下って行くと完全に崩壊している家屋が数件現れます。
 
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完全に崩壊しかつての面影も薄れてゆきます。
 
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神社より道沿いに少し下ってくるとまだ原型をとどめている家屋が見えてきました。
 
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この集落で一番大きな墓地になります。
 
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昭和30年代頃の真空管の白黒テレビのようです。やはりこの頃から離村が進んでいったのでしょうか。
 
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床もところどころ抜け落ち着々と崩壊が進んできています。
 
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廃墟の物置小屋の中に旅人をもてなす言葉が書かれた板が張られていました。心にしみました。
 
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すごい荒れようです。家屋の一部を残し全壊状態です。
 
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今は林道が途中で崩壊してしまい道からはこれませんが通れたときはここが林道側の入口だったと思われま
 
す。ここの山王地区は廃村となり40年近い年月も経っており今は訪れる人もなく家屋の崩壊も激しく進み、人々
 
の記憶やその存在さえ失われようとしています。
 
 
これで追憶の集落「富士川町山王地区廃村篇」 は終了です。
 
 
評価(☆五つが最高評価です)
 ・感動度 ☆☆☆☆☆ 
 ・古き良き日本度 ☆☆☆☆☆
 

閉じる コメント(4)

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ここの一番大きな家は昔庭に池があり、使用人も何人かいたとのこと
です。鰍沢の地主だったと聞きました。

2010/11/25(木) 午後 2:35 [ てる ]

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お詳しいですね。私もそのような話は地元の方に聞いております。
地理的な問題もあり衰退してしまったことは残念です。

2010/11/27(土) 午前 0:02 [ 海鼠土蔵 ]

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先日、行ってまいりました。
川に行く道が途中で崩れていて、かなり大変でしたが何とか辿り着くことが出来ました。
とても素晴らしい場所で感動しました。
本当にありがとうございます。

2010/12/7(火) 午後 5:31 ruins-rider

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ここの大きな屋敷は地主で、そこの娘婿が学校の先生でたまに避暑で遊びに来ていたそうです

2018/11/24(土) 午後 7:39 [ てる ]


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