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早川町天久保(ソラクボと読む)は薬袋地区と塩ノ上地区との間に位置し、かつては学校と役場を有した集落で
あった。現在では地図のも記載もされていない。旧版地図をたよりに現地に向かうことにした。
役場と学校はすでに無く、石碑と二宮金次郎像だけがかつての面影を偲ばせてくれる。
明治22年から昭和31年に早川町へ編入されるまで五箇村という自治体であった。笹走・塩ノ上・榑坪・薬袋・千
須和の五つの村の合併により成立した村である。天久保は大字ではなく塩ノ上か薬袋の枝村(小字)であると思
われる。
現代の地図にてその位置を確認してもらえればなぜこんな山の中に役場が?学校が?と疑問に思われる方が
多数ではと思います。今でこそ早川沿岸には奈良田まで続く道が開通していますがそれ以前は徒歩にて峠道を
歩いて行くしかなかったからです。この五箇村は旧中富町切石で駿州往還と分岐して奈良田まで続く早川入往
還の要所としてかつてはにぎわっていたようです。その為、こんな山の中腹に役場と学校を設けたのでしょう。
かつての正門でしょうか?石階段のコケの繁殖具合が時代を感じさせます。
学校・役場跡地には檜が植林されています。周りはすべて石積の塀にて囲まれています。この石積がとても素
晴らしかったです。
別の角度から。
敷地の中を見渡していると唯一の残留物らしきものを発見できました。こういうものを発見すると身近に感じられ
ます。
次はかつて集落があった場所へと向かいます。
早川町天久保廃村・廃校篇/2へ続く
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はじめまして(^^)/
とても探求心に溢れていて楽しいブログですね♪
最後までワクワクしながら拝見しました☆
これからも頑張ってください。とても素敵なブログに出会えてうれしいです(^_-)
2011/6/11(土) 午後 4:47
Clip-Clopさん。はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。
お褒めの言葉も頂きまして、とても嬉しい限りです。
地道にですが、これからも続けて行けるよう頑張ります。
2011/6/12(日) 午後 2:26 [ 海鼠土蔵 ]
地元の人でもこの集落のことはもう忘れ去っていることでしょう。よくまあたどり着きました。身延町から静岡県境の八紘嶺(はっこうれい)に登ってきました。深い山間の集落はどんどん過疎化がすすみ、やがてこのようになっていく予感がしました。
2011/6/13(月) 午前 6:05 [ 道祖神 ]
道祖神さん。お久しぶりです。
八紘嶺?七面山のほうですね?
過疎化は本当に問題ですよね。中央ばかり発達し農山村は取り残されるばかり。なぜこの国は豊かな自然を活かす方向へと進まないのでしょうかね。本当にはがゆい思いです。
2011/6/13(月) 午後 9:28 [ 海鼠土蔵 ]