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南アルプス市(旧白根町大嵐)廃村・廃城篇/1の続きです。
石階段を登った先には、大嵐集落で唯一残っている臨済宗善応寺観音堂があります。残念なことに現在は廃寺
となっています。
この観音堂には一本造りの千手観音が安置されているそうで、藤原期以前の作ということらしいです。虫に食い
荒らされ、作られた頃の様子とはかけ離れているそうですが、とても立派なものらしいです。
一説には大嵐より北西部に位置する「甘利山の沢より掘り出した」との言い伝えもあるそうです。
この観音堂前には土師遺跡があり、また大正2年には観音堂背後の山林を開墾中に、平安時代の経塚が発見
され、土製の経筒も発見されたそうです。東京国立博物館に保存されているもよう。
その他に現在も観音堂裏山には平安期の住居跡を示す、石垣が残っています。
須沢城があった南北朝時代には高一族滅亡の古戦場となった地でもあり、善応寺にも戦う僧侶、僧兵団が居
り、高師冬が須沢城へ篭城したのもこの善応寺の縁を頼ったからだと考えられています。
それではお寺の敷地内を見ていきましょう。
先ずは観音堂から。見るからに古そうなお堂ですよね。再建されたものかまでは分かりませんが、もし平安時代
から建っていたとすれば凄い事ですよね。近寄って木の柱や梁などをみると虫食いだらけで大丈夫かなと思っ
てしまいます。
別の角度から。なにか神秘的な感じさえします。
この鰐口もかなり古そうです。 石階段を登ってきてすぐ右手には鐘つき堂があります。無住のお寺にしてはとても立派な鐘がつるさっていま
す。
観音堂の前には県指定の天然記念物大嵐のビャクシンがあります。私が持っているビャクシンの豆盆栽とはわ
けがちがいます・・・
敷地内を探索しているとなにやら木の塀で囲まれているところがあります。その脇に立っている看板をみると凄
い物が隠されているようです。
鎌倉時代によくこのようなものが作れたなと関心してしまいます。これは後世へときちんと受け継いでゆくべきも
のですね。 どのようなものかまでは分かりませんが、このような石仏や石塔が観音堂脇に建てられています。
文字が書いてあるのですが、自然の風化と、侵食により読めなくなっています。
観音堂裏です。松ともみの木林が広がっています。
観音堂裏にはこのような石垣が見受けられます。角が素晴らしいですよね。
比較的新しい墓地ですね。
瀬戸物の破片があるだけでも往時の面影を感じます。
これで南アルプス市(旧白根町大嵐)廃村・廃城篇はおしまいです。
こういったものの修繕や保存のためにこそ、無駄に使われている公共事業費を使うべきです。
温故知新。一番好きな四字熟語です。
評価(☆五つが最高評価です)
・感動度 ☆☆☆☆☆
・古き良き日本度 ☆☆☆☆
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いつも楽しく拝見しております。今回のレポートはとくに印象を受けました、忘れさられそうな名勝と静かにたたずむ自然 人間の歴史が、山の中で1000年以上の時空を超える・・・こんな地域的特徴を持つ山梨は素晴らしいと思いました。また一つ勉強になりました。
2011/6/29(水) 午後 8:26 [ hide ]
hideさん。ご訪問ありがとうございます。
この大嵐は廃村となってしまうにはもったいないほどの歴史的遺産が残っていますよね。
古きを訪ねて新しきを知るじゃないですが、これからの日本の未来が心配でなりません。
最近忙しくなかなか記事の更新が出来ませんが、またいらしてください。
2011/6/30(木) 午後 8:19 [ 海鼠土蔵 ]
甲府の図書館で 山梨秘話 ところ・どころ を借りて読んでいます。著者の矢嶋さんは地元では有名な方なのでしょうか? 太良峠や積ずい寺 岩堂峠 に関しての記事がとても印象に残りました。ご存じでしたか?
2011/7/19(火) 午後 9:31 [ hide ]
hide さん。こんばんは。
山梨秘話 ところ・どころ 面白そうな本ですね。
著者については分かりません。
hideさんは山梨の郷土研究でもされているのでしょうか?
書物でしか情報を知りえないことも多くなりつつある今日この頃。
またなにか良い本がありましたら教えていただければ幸いです。
2011/7/20(水) 午後 11:00 [ 海鼠土蔵 ]