日本懐古録

忘れてはならない「日本の心」を山梨を舞台に探して行きたいと思います。

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あっという間の秋が過ぎ、真冬の到来も日々一刻と迫る今日この頃ですが、私の心は初夏真っ盛り(笑)
 
かねてより計画していた大月方面への観光に出かけてまいりました。
 
山梨県内は甲州盆地以外の地域では四方を山に囲まれた狭盆な地が多く、特に大月、都留、富士吉田などは
 
峠を越えて行かなければならず、知人でも居ない限りは年に数回、果ては一度も行かないなんてこともしばし
 
ば・・・
 
山梨県は大雑把に分けると甲府盆地周辺の国中地域と大月、都留、富士吉田といった郡内地域とに分かれて
 
おります。分かりやすく言うとNTTの電話帳がそうで、同じ県内とは言え、生活圏が違う分けですね。
 
ですから、同じ甲州人であっても方言や気質に少し違いが見られるのも当然なわけで、それが面白いところでも
 
あるわけです。
 
話し方や言葉の特徴としては国中地域では見られない語尾に「よぉ〜」が着くのが一番の特徴でしょうか?
 
「なになにしたよぉ〜」「行ったよぉ〜」なにかしらにつけてこの「よぉ〜」が語尾に必ず付くのはなぜ?
 
ですがこの「よぉ〜」のおかげで言葉にまろやかさと言うか、柔軟性と言うか、聞いていて言葉全体に優しさがあ
 
ふれているかのようなそんな摩訶不思議な呪文を唱えられているような感じさえしてしまいます。
 
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さて、大月にて真っ先に訪れたところは、杉様・・いや、杉良太郎さん自ら作詞作曲し全国的に有名となった「矢
 
立の杉」へ向かいました。
 
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実は私、杉良太郎さんのファンだからここへ着た訳では御座いません。杉様よりもっと古い葛飾北斎や歌川広
 
重の浮世絵の題材ともなり、私達の祖先が、江戸から諏訪までの街道として歩き、それと似た気分を味わいたく
 
参上つかまつった次第であります。
 
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晩秋のなごりをほのかに感じながら、冬迫る山道を落ち葉を踏みしめ、目指すは八○○m彼方の「矢立の杉」。
 
百人一首より 「山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば」   源宗之(みなもとのむねゆき)
 
この歌は源宗之自信の境遇を冬の里山になぞらえて歌ったようですね。私の人生はこんな冬山のように人も離
 
れ、草も枯れ寂しくなんかならなかったと言いたかったのでしょう。
 
私はそんな冬山が大好きです。枯れ行くものを美徳と感じてしまうからなのでしょうかね。
 
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10分程古道を登ると、明治天皇がお休みになられた御野立跡が現れました。周りは高さ2.5m程の石積み塀で囲
 
まれており歴史を感じるところでした。
 
また大月には明治天皇が巡幸の際に休息された「星野家住宅」があります。江戸時代の本陣建築の性格を伝え
 
る貴重な建築物として国指定の文化財にもなっているようです。
 
私も今回行く予定ではいましたが矢立の杉にて時間が押してしまい次回尋ねたいと思います。
 
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矢立の杉へ到着です。所要時間はゆっくり歩いて30分ほどでしょうか?
 
実はわざわざ古道を歩いてこなくてもすぐ近くまで車で来れるようになっています。
 
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どうやら木の中が空洞になっているようです。しかし中に入ることは出来ません。
 
かつての人々と同じ景色を見ていると思うと少し感動してしまいます。
 
ちなみに矢立の杉の由来は、武士が出陣前に矢を射立て武運を祈ったのが始まりのようです。しかも遠く離れ
 
た富士浅間神社から。
 
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このような清めの場所もあります。ここには伍代夏子さん夫婦が寄贈した顔入りの石仏があります。
 
次は猿橋からご紹介します。
 
 

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