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富士川町(旧増穂町平清水)廃村篇/1の続きです。
屋敷跡か農地跡か今となっては分かりませんが、植林された檜林に覆われ集落内は昼間でも薄暗く、普通の方
なら少し薄気味悪く感じるかも知れませんが、私にはとても居心地の良い空間なのです。
これらの石積みを見ているだけでも、ここで生活を営まれていた方々の姿が浮かんできます。
これらの石も、隣接する戸川渓谷より人力で運んできたものなのでしょう。
このような釜戸の跡を数箇所確認できました。
小屋が一棟残っています。
作業小屋?家畜小屋?炭焼き小屋?用途は不明ですが、ご覧のようにとても華奢な造りをしております。
ここは日当たりがかろうじて良い場所だったので残ったのかもしれません。
軽自動車が入って行けそうなくらい広い道が集落内へと続きます。
右にみえるのが先ほどの小屋です。
この集落で唯一残っている母屋が見えてきます。
家屋へ向かって歩いて行くとこのような石段とその上に石碑が見えてきます。
大山祇命之碑(おおやまつみのみことのひ)とあります。
大山祇命とは大いなる山の神であり、山森農産の守護神。
私の住む山梨県は毎月の17日はお山の神さんの日として、山の木を伐採したり、山へ入ることはしてはいけな
いと言われています。私も子供の頃、父に教わりこの日だけは山へ行くことも、木を伐ったり折ったりすることは
ありませんでした。
石碑の側面に説明書きが彫られています。
古き物を守って行くと言うことは本当に大変なことだと思います。身を切られる思いで取壊しをされたことなのでし
ょう。
平清水集落で唯一残っている母屋ですが、今年の六月に訪れた時と何かが違うのです。
これが今年の六月に訪れたときの写真です。撮影時の場所はだいたい同じなのですが、こちらのほうがすっきり
と家屋が見えています。
母屋の目の前には枯れかけてはいますが松があります。最初に見たときはその異様な姿に釘付けにされてしま
いました。
12月初旬に再度訪れた時には、くねっていた部分よりばっさり折れてしまっていました。
今年の台風の影響で折れてしまったのだと思います。
中もだいぶ荒れてしまっています。
室内は真っ暗でフラッシュをたいて撮影しています。
この母屋の西側には墓地があります。
檜林の中にぽつんと和太鼓が放置されています。
集落を西のほうへ上がって行くと富士山を見ることができます。
甲府盆地も非常に良く見えます。
これで富士川町(旧増穂町平清水)廃村篇はおしまいです。
最近、廃村の朽ちてゆく姿と日本国とが重なって見えることがあります。
この記事を書いてるは旗日の今日(12月23日)日章旗を掲げている家が本当に少なく残念に思いました。
明日は大月市、時間があれば上野原市の廃村を尋ねたいと思います。
評価(☆五つが最高評価です)
・感動度 ☆☆☆
・古き良き日本度 ☆☆☆ |
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こんばんは
ご無沙汰しています。
山間の集落もですが、かつて賑わいを見せていた商店街もここ
最近は寂びれていくばかりですね
松の木も折れるという状況は普通は想像し難いのですがやはり
風には弱かったのかも知れませんね。
2012/3/7(水) 午後 8:49 [ - ]
大室さん。お久しぶりです。
山梨のイオンが出来てからと言うものは一極集中になてしまい、周りのスーパーは閑古鳥が鳴く始末です。
昔の日本が良いです・・・
2012/4/4(水) 午後 9:29 [ 海鼠土蔵 ]