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青坡のつぶやき
<いけばなに関する事以外にも書いていこうと思います>

一月 (4)

 

「太郎」のお話の続きです。


「金太郎」のお話です。

 

  「まさかりかついで 金太郎

   熊にまたがり おうまのけいこ

   ハイ シィ ドウ ドウ ハイ ドウ ドウ

   ハイ シィ ドウ ドウ ハイ ドウ ドウ

 

   あしがら山の やまおくで

   けだもの集めて すもうのけいこ

   ハッケヨイヨイ ノコッタ

   ハッケヨイヨイ ノコッタ

 

金太郎の歌を知ってる人は、思わず歌い出すと思います。

 

この歌は、明治33(1900)幼年唱歌として発表され、たちまち日本中に広がりました。

 

この「金太郎」は、実在の人物で、「天延4321日」足柄峠で出会った 頼光(みなもとのよりみつ)に力量を認められ、名を「坂田金時」として家来になり、京にのぼり頼光四天王の1人となります。

その後も数々の戦果を上げています。




 

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一月 (3)

 

1月の異名に「太郎月(たろうづき)と言うのを見ました。


「1月」と「太郎」という言葉が、どの様に関連しているのか興味を覚えて調べてみました。

 

太郎は「最初の物事」という意味となっていました。


人名でも、長男が太郎 次男が次郎、とそのまま付いている方の外に、その頭に、なになに太郎と付けている方も居ります。

今では「物事」と言っても、人名に付けられているのが一般的なようです

 

物語として伝えられてきている中で、皆さんが多分ご存知なのは、「浦島太郎」と思います。

 

  「むかしむかし 浦島は

   助けた瓶に連れられて 竜宮城へ来てみれば

   絵にもかけない美しさ

 

この歌は、小学校唱歌として音楽の時間に歌わされたのを覚えています。

 

この原話は、「浦島子」(うらしまこ)伝説で、日本書紀や万葉集にも記録が残っています。

その後内容は、色々と変わり、大正より昭和に掛けて、小学校の教科書となった内容がその後伝えられています。

 
 

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一月 (2)

 

「睦月」には、次のような歌があります。

 

「牟都奇多都(むつきたつ) 波流能波自米尓(はるのはじめに)

 可久之都追(かくしつつ) 安比之恵美天婆(あひしゑみてば)

 等枳自家米也母(ときじけめやも)

 

大伴家持の歌です。

   (あいしゑみてば)は、相いに笑いあえば

   (ときじけもやも)は、何時だっていいでしょう

 

正月の春の初めに、お酒など膝元に持って、お互いに笑い合うのは何時だっていいことでしょうよ。

と言う意味です。

 

これは、「天平勝宝2(西暦750)15

久米広縄の館で催された宴で詠まれた歌のようです。

奈良時代のことですから、かなり以前から、

「むつき」と呼ばれていたのですね。

 
 

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一月

 

みなさん あけましておめでとうございます。

今日からまた ブログ始めます。

 

1月は、「睦月」とも言います。

この事は、どなたでも知っていると思います。

「睦」とは、むつましいと言うことです。それを1月の別名になっているのは、家族が皆、寄り集まる睦ましい月だからですね。ただ外にもあることは、前に書きました。

 

この別名「睦月」は、いつ頃誰がつけたのでしょうか。

調べますと、どうやら中国から伝えられてきたようです。

それもかなり以前からのようです。

 

既に「日本書紀」または「日本紀」とも言われますがその中に出てきています。

日本書紀は奈良時代の歴史書で30巻あります。

完成したのは「養老4(720) 舎人(とねり)親王らによって編纂されたとなっています。

その中で、

 「元年 春正月(むつき) 丁亥(ひのとのい) 朔(ついたち)

  皇太子即位」        是年なり 太歳庚寅

 とあり、この正月を「むつき」と読んでいます。
 

一月の別名としては、

  「元つ月」(もとつつき)

  「萌ゆ月」(もゆつき)

  「生月」(うむつき)

などありますが、やはり、家族が集まって睦ましく語りあう月としての「睦月」が一番適していると思います。

 

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十二月 (5)

 
  本日より一月十五日まで
ブログお休みさせていただきます。


 みなさん どうぞよいお年をお迎えください。
 
 

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十二月 (3)

 

12月の「季語」に「枯芭蕉」があります。 

 

芭蕉はいけ花にはよく使われる花材の一つですね。青々とした大きな葉が、花展などで生花や立花に、特に「新風体立花」をよく見ます。

 

芭蕉自身は、仲間に「バナナ」があり、ハワイや南西諸島でも、お馴染みの食べ物です。日本では観賞用として、庭や鉢物として、葉が賞でられています。

葉が大きいので、すぐ風のために切れてしまいますが、この「破れ葉」を愛でて、池坊では伝書の「七種伝」になっています。

 

芭蕉は、秋に先枯れし始めると、黄色い内はいけ花にも使えますが、葉先から茶色になると美しくなくなり、汚い感じになります。

全く枯れてカサカサになると、これはまたいけ花としても味がある作品を生ける事が出来ます。

 

「枯芭蕉」として、俳句にも残されています。

枯れた芭蕉の葉を季語にして句を作ると、どんな句になるか調べてみました。

 

  「六尺の 緑枯れたる 芭蕉かな」

                 正岡子規 枯芭蕉より

芭蕉が、なにかそっけなく感じる句ですね。

 

    このお話 後に続けます。

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十二月 (2)

 

12月は「師走(しわす)」と呼んでいます。

師とは、先生でなく、通常はお坊さんのことを云いますと前に詳しく説明しましたので、ここでは省きます。

 

12月の異名に「親子月」というのがあります。

親子と12月がどんな関係があるのか興味があったので調べてみました。

 

結論から言うと、12月と親子を直接結びつけるものは何もありませんでした。

12月は、普段会えない親子が集まることの出来る月だからと言うのがありましたが、これなら1月の正月の方がずっと意味が結びつきやすいと思いました。


異名として、どの辞典にも載っている以上、何時の年代か、誰かが、付けたのが、今まで使われてきたと言うことになりますが、その場合、付けた理由がすぐ想像できるのが普通です。

例えば、異名に「暮来月」、「限月」「晩冬」「暮歳」などありますが、見ると何となく12月の感じがします。

「親子月」と云っても、多分誰もが12月と結びつかないと思います。

同じく12月の異名として、「弟月」というのがあります。

調べてみましたが、結びつく理由の物がありません。

親子より弟は、ますますおかしくなりますね。

 

月の異名とはなんでしょうか。

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十二月

 

今年も年の暮れがやってきました。

12月は,この一年間をふりかえる月です。


「アッと言う間の一年間」とよく云われますが、私にとっては大変な一年でした。


昨年の11月に大腿骨関節骨折して、思うように足が動かせずに日が過ぎていきました。

せいぜい6ヶ月もあれば完治するだろうと思っていました。


3月ぐらいまでは、折れたんだから仕方ない。何とか早く直さなければと、ステッキに頼りながら、深い雪道を歩き続けました。

状態は少しも変わらず、5月ぐらいから、精神的にイライラし始めました。

8月のお盆休みから、ステッキを使わない決心をしました。

目に付かない所に仕舞い込みました。


11月になり、雪が積もったり融けたりの日が続き、歩道が雪と氷でガリガリになりました。


注意をしてたのですが、すべって転びかけました。

しかし何とか支える事が出来たのです。


支えた足は 怪我した左足だったのです。 

もう大丈夫です。

 あれだけ恨んだ雪だけど、「雪よ ドンドン降れ」。
 

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