|
いよいよ今日からは、サイクリングへの取り組み方について 触れていこうと思います。 ですが、その前に……、 「自転車と僕」についてご紹介したいと思います。 僕は、もともと運動に向かないタイプで、 少なくとも運動は嫌いな方でした。 その背景には、「肥満体型」が重くのしかかっていたのです。 料理好きな母と、競って食べる弟2人の存在は、 僕にとっては「楽しく食べること」を学ぶには 最高の舞台!? だったのです(←言い訳ですが。笑)。 かけっこをすればいつもビリから2番目。 跳び箱といっても、3段ほどでギブアップ。 義務教育期間に鉄棒の逆上がりもできない……。 何もできない自分ではありましたが、 体育の時間が嫌いになることもなく、子ども時代を過ごしました。 太っていても「いじめ」なんかなかったし、 太っていることをネタに僕はよくみんなを笑わせていました。 放課後は習字の稽古に通うだけで時間がたくさんあった。 そう、僕は「子ども時代」を満喫して育ちました。 中学生になってから、朝晩に新聞配達を始めました。 朝、登校前に50軒近く配達を行ない、下校後は夕刊の配達。 このアルバイトは高校を卒業するまでの6年間、毎日続けました。 家が貧乏なこともありましたが、 何より、当時夢中になっていたラジコンがほしいとか、 もともとモータースポーツが好きだったので、 高校生になったらオートバイの免許を取りたい! など、未来への希望がたくさんあったのです。 当時夢中になって読んでいたのが「バリバリ伝説」という オートバイの漫画でした。 自分のやりたいことを叶えるために、自分の力でなんとかしたい、 そんな気持ちから始めたアルバイトだったのですが、 このアルバイトをきっかけに僕はやせ始めたのです。 これまで、食べた分だけただ蓄積されていたエネルギーが、 新聞配達という決められた時間内に、決められた場所に、 自転車で配達を行なうことによって、 エネルギーの蓄積と消費のバランスが整ったように思います。 そう、規則正しい生活(リズム)の大切さを新聞配達で学びました。 あれから20年の時が過ぎましたが、今でも、寝坊をして 配達に遅れて「しまった!」というイ〜ヤな夢を見ることがあります。 (そんな時は汗でびっしょりです) もともと機械いじりが好きだったので、 何かモノを作る職人になりたくて高校は地元の工業高校へ進学しました。 夢と希望全開で進学した高校でしたが、 オートバイの免許を取ることが禁止されていて、 それじゃ、何かほかに速く走れる乗り物はないか……。 そしてマウンテンバイク(以下、MTB)にたどり着きました。 今でこそ、MTBが自転車であることが認知されていますが、 当時はマウンテンバイクという名の「バイク」だと勘違いされることも多く、 高校の先生にも誤解をされてしまい、 生徒指導部の先生に呼び出されたことがありました。 懐かしい思い出です。 高校生のころは、新聞配達に行く前に峠を何本か登って、 下っての練習を重ねていたので 大人に混じって初めて出たレースで2位になりました。 ひょっとしたら、ひょっとするかも……と、うぬぼれました。 このレースでの結果をきっかけに、 僕はMTBの世界で生きていこうと決めました。 いつか、世界のレース、で誰よりも速く走ってみせる。 あれから20年になりますが、今も自転車に対する気持ちは変わりません。 自分が「これだ!」と感じた気持ちを純粋に信じて、 ペダルを回しています。 自分一人で決めた進路ではありますが、 そこにはたくさんの方々の出会いとバックアップがありました。 僕の走りに夢を重ねてくれたたくさんの企業と、 そんな僕を応援してくれるファンの方々。 どれも欠けてはダメ。 僕を取り巻く環境と人の全てが、僕のTEAM(財産)だから。 このトレログでも大勢の方にコメントをいただいて、 ひとつひとつ、拝読しながら MTBが繋いでくれる出会いとお気持ちに感謝をしています。 みなさん、どうもありがとうございます! 最後に、宣伝をひとつ! 本日、20日発売の「月刊モーターマガジン」では 自転車と車のロハスなライフスタイルを連載中です。 ぜひ、こちらもご覧ください。 次回は「トレーニングの基本」についてお伝えします。 寒さも厳しくなってきましたので、皆さんお身体大切に! では! |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2006年12月20日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




