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一流のスポーツ選手になるには、子どものころからの英才教育が必要、と思いがち。瀬古さんはそれに対し、自身の経験から「ゆっくり選手を育てることの大切さ」を主張します。
長距離というのは、力をつけるまでに時間がかかるものです。上を目指すあまり、すぐにマラソンへ行きたくなるかもしれませんが、それは良いことではないと思います。何事も、順番があります。中学生には中学生なり、高校生には高校生なりの練習というものがあるのです。 私の感覚ですが、中学生の頃に抜群に良かった選手には、その後長く保った試しがないように思います。中学生のランナーで、異常に細い選手を見かけることがあります。「よくこんな身体で走れるな」「摂るべき食事を摂っているのか」と思うほどです。 「世界で活躍できるマラソンランナーになるためにはどうすればいいんですか」──このような質問に対しては、「あまりあせるな」と答えてあげたいです。お父さん、お母さんがあせらないでほしい。年齢を重ねるごとに、速くなっていきますから。 マラソンには、「英才教育」は存在しません。技術がものを言うスポーツではありませんから。ものを言うのは「心」。メンタルを鍛え、強くすることが、マラソンで速くなるための近道と言えるかもしれません。走ることばかりを練習して、心が弱いままでは戦えないのです。 初マラソンで彗星のごとく登場し、優勝を飾るようなランナーが時として現れますが、そうした選手はその先に潰れることがよくあります。男子にも、女子にも見受けられることです。よくわからないうちに優勝してしまい、次のレース以降は「負けられない」というプレッシャーに苦しみ、毎日走り込みをしていくうちに成績が落ちていってしまうのです。 私も、初優勝したのは3度目のマラソンでした。私の初マラソン(1977年・京都マラソン)は、練習もせずに臨んだ大会で、勝つ自信もまったくない状態でした。「餅はマラソンに良いから」と言われ、餅ばかり食べて臨んだレースでした。当時はカーボローディングなどという用語はありませんでしたが、考え方自体は間違っていなかったのです。ただ、食べるばかりで練習をしていなかったがための惨敗でした。 現在と私の頃との大きな違いは、マラソンのための練習が確立され、多く出回っているということです。そうした環境では、一つひとつ地道に積み上げていくことは簡単ではないかもしれません。高校生などといった若い年齢のうちから、いきなり競技ランナーを養成するプログラムに組み込まれてしまうのです。 高校などの合宿を視察する機会があるのですが、あるとき、いくつかの学校から集まった何百人もの選手が、集合日にいきなり30kmを走り込むのです。もし私が今の時代に現役であったなら、高校時代ですでに「やり切って」しまって、その後陸上競技をやめていたかもしれません。 そんな時代だからこそ、指導者にはしっかりとした考えをもって指導してもらいたいものです。
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