スポーツ応援プロジェクト トレログ

毎週火曜日更新! アスリート6人が教えるスポーツ・トレーニング方法

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

今回はプロバスケットボール選手として活躍中の、波多野和也さんが登場。現在25歳と、「トレログ」6人のなかで最年少のアスリートです。お話からは、学生時代から夢中になってスポーツに取り組んでいた様子が伺えます。また、その陰には大切な「出会い」のエピソードも……。ぜひご一読ください!

イメージ 1 初めまして、プロバスケットボール「bjリーグ」の大阪エヴェッサに所属している波多野和也です。半年間、バスケット選手のためのトレーニングについて、お話していきたいと思います。よろしくお願いします。

 まず第1回目は、僕のこれまでの経験についてご紹介したいと思います。僕がバスケットを始めたのは中学からでしたが、チームはあまり強くありませんでした。ただ、先生は厳しい人で、毎日練習前に校庭を20周とか、かなりの量を走らされていましたね。週に2回しか体育館を使えなかったこともあります。

 高校でバスケットを続けるかはまったく考えていなかったのですが、静岡学園の小松裕幸コーチから一度練習を見に来ないかと誘われ、見に行ったという感じです。当時の静岡学園は強豪校ではありませんでしたが、チームを強くするということでコーチが着任し、僕らの代で初めて県外から入学したのです。

 全国の舞台に立った高校2年の夏のインターハイは1回戦負けでした。それまで全国を経験したこともありませんし、「全国大会に出てみたい」ということが目標でしたが、その目標が実現してからは、優勝を目指したいと思い始めました。それだけの厳しい練習に取り組んでいましたし、「日本一になりたい」とだけ考えて日々バスケットに取り組んでいました。翌年、3年生のときはインターハイと冬のウインターカップにも出場しました。

 卒業後、専修大に進学したのですが、高校のときも、進路については特に考えていませんでした。大学に行けるとも思っていませんでしたから。何回か、高校の練習に当時アシスタントコーチだった中原雄さん(現・同校ヘッドコーチ)が来てくれてはいたんですが、単にバスケットを教えに来てくれているだけで、勧誘されることはありませんでした。高校3年の最後までそういう感じでしたので、卒業後は就職を考えていましたね。

 専修大は、とにかく基本を教えてくれるチームでした。大学に入ると、どうしても選手は派手なプレーなどに行きがちで、専修の選手も実際に派手なプレーをしたりもするのですが、毎日の練習は、アップ後に皆でドリブルをしてスタートさせるなど、基本をしっかりやることが大前提なのです。その上で、試合では好きなようにやれ、という感じでした。

 入学したときには、「ここ、強いな」と正直思いました。幸運なことに、僕は1年生から試合に出させてもらいましたし、練習中は先輩にしごいてもらいました。普段から、レベルの高い練習に取り組むことができたわけです。そういうことを経験してきましたから、他のチームには全然負ける気がしませんでしたね。「今まで俺たちはこれだけのことをやってきたんだから、負けるわけがない」と。チームでは同級生の長澤晃一(能代工高出身、身長197cmのセンター。現IBMラグビー部所属)につくことが多かったので、練習中のマッチアップの方がきついくらいで、試合の方が楽だったのです。

 当時、唯一目標にしていたのは、関東大学リーグやインカレでのリバウンド王でした。結局、最後まで2位に終わり、タイトルを取ることはできませんでしたが……。専修はかなり大きいチームでしたが、練習中から負けない努力をしていました。いくらチームメイトでも負けたくない。負けたら気分良くないですから。

 今から振り返ると、中学から高校に上がるときの小松コーチとの出会いが大きかったと思います。もしコーチと出会えていなかったら、バスケットを辞めていたかもしれません。高校に上がってからも、専修の新関光一監督(当時)、中原コーチといった方と出会えたことも重要でした。このbjリーグに僕を送り出してくれたのも新関監督でした。そういう「出会い」というものが、自分のバスケット人生において非常に大事だったのだと今では思います。

イメージ 1

今回は、2004年アテネオリンピックでの銀メダル、さらに今年の世界競泳での金メダル獲得も記憶に新しい、水泳選手の山本貴司さんが登場。厳しい練習へのストレス、記録が伸びないことの不安・・・・・・誰もが経験するそんな「つまづき」を、どう乗り越えるか? 山本さんの常に前を向いて物事を考える姿勢が伺えます。

 初めまして、水泳選手の山本貴司です。このトレーニング・ブログで、各世代のスイマーの皆さんが、今抱えている課題をどのように克服し、記録を伸ばしていいのか、私の経験もまじえてお話していきたいと思います。

 私はどちらかと言うと、記録よりも勝負が気になるタイプのスイマーでした。とにかく勝ちたい、一番になりたいという一心で泳いでいました。結果として、それに記録がついてきていたという感じです。日本記録に近付いてきて、初めて記録のことも気にするようになりました。日本記録まであと少しに迫ったとき、一番記録を出したいと思うようになりました。

 3歳半のときに水泳を始め、かれこれ26年ほどになります。水泳にどっぷりハマりきらなかったことが、長く続けられている理由ではないでしょうか。スイミングを楽しむ気持ちは、この歳になっても持ち続けています。

 自分でも、切り替えがうまいのだと思います。練習では集中して頑張るのですが、それ以外の時間には、水泳のことは考えもしませんし、友達とサーフィンに行ったりなど、遊びに行くことで頭がいっぱいなくらいです。十分に気分転換することで、水泳でストレスが溜まったりすることもなく、しっかりリフレッシュし、また練習に集中できる、という繰り返しです。

 ひとたび集中すると、グッと自分の世界に入り込むことができます。本当に、周囲の雑音がまったく耳に入らなくなるのです。マイケル・フェルプスなど、自分が目標としている選手が自分のすぐ前を泳いでいるシーンをイメージして練習に取り組めるほどです。自分がバテてきたときに、パッとそういう状況を思い浮かべて、踏ん張ることができるのです。

 厳しい練習に取り組む中でも、本気で水泳を辞めたいと思ったことはなかったと思います。強いて言えば、シドニー五輪の後に少し泳ぎたくなくなったことはありましたが、結局は泳ぎたくなってくるんです。ブランク明けのころの気持ちも、そういう感じだったと思います。

 もちろん、私にも何年も記録が伸びない時期がありました。しかし、そういう時期が長ければ長いほど、結果を出せたときの喜びは倍以上にもなります。「やってて良かった」という気持ちになるのです。そうしたつまずきが多いほど、乗り越えたときにはより大きく成長できていると思います。

 つまずくということは、自分に何かが足りない状況です。そこで辞めてしまったら、今の自分よりも成長することはできません。つまずいてもあきらめずに頑張ることで、少しずつでも成長していくことができます。

 逆に言えば、つまずいたときこそ伸びるためのチャンス。私は、そういうときこそ自分を見つめ直して、何がダメなのか、今自分に何が一番必要なのかをよく考え、頭を使って取り組むようにしました。

 練習でも、考えて泳がなければ身にならないし、強くなりません。100mを泳ぐにしても、例えば200mの後半の泳ぎを意識して、最後の50mでぐーっと記録も上げていけるようにイメージするのです。自分なりにそうしたシミュレーションを行いながら練習すれば飽きもきませんし、トレーニングに集中していけるのではないでしょうか。皆さんもあきらめず練習し、是非壁を乗り越えてもらいたいと思います。
こんにちは、「トレログ」編集部です。先日の世界陸上の盛り上がり、さらに来年2月には「東京マラソン2008」の開催が予定され、ますます加速するマラソン・ブーム。今回は数々の世界的レースで優勝に輝いた名ランナー・瀬古利彦さんの登場です。真に強いアスリートになるためには? 瀬古さんのスポーツ哲学が垣間見えます。

イメージ 1 中学・高校生にとってはフルマラソンの42.195kmを考えることはもちろん早過ぎると思いますが、私が大学に入学し、中村清先生に「お前はマラソンに向いているからやりなさい」と言われたときも、自分には少し早いかな、という思いでした。ただ、入学までの1年間、アメリカ留学で指導者もいない環境にあった悩むことも多かった私は、先生の陸上競技に対する情熱に圧倒され、「はい」と即答していたのです。こうして、私はマラソンと出会ったのでした。

 私のマラソンは、ギリギリまで先頭についていき、終盤に勝負をかけるという珍しいスタイルでしたが、それは高校までトラックの中・長距離種目を走ってきた経験があってこそでした。マラソンで競技場が見えてくると、かつて800mや1500mを走っていたころの"血"がグワーっと沸き立ってきて、負ける気がしないほどの自信を持つことができたのです。

 中学・高校生など若い世代の皆さんは、まさに今そのトラック競技に取り組んでいることと思います。是非走りに楽しさを感じながら、練習に取り組んでもらいたいと願います。

 この世代では、練習内容について深く理解しているわけでもないでしょうし、先生に言われたメニューをこなすことも必要でしょう。しかし、「強制」の要素が強くなってくると、先生に対し反発する気持ちも生まれてきます。「やらされている」という気持ちが少しでもあれば、長く競技を続けることはできません。また、大学生になっても指導者に言われたことしかできないような選手になってしまいます。

 私は中学生の頃、野球部に所属していましたが、高校の陸上部時代よりも走っていたかもしれません。しかし、走ることで野球がうまくなれると信じ、自ら進んで楽しみながら取り組んでいました。高校のときも、先生にメニューの指示を受けることはありましたが、強制されている感覚はまったくありませんでした。それが、その後のマラソンとの出会いにつながっていたのです。

 また、走ることだけやっていればいいのではありません。私は冬場はサッカーをやったり、バスケットボールをやったりと色々なスポーツに取り組んでいました。その中で総合的なバランスの良い体力が養われていったのです。

 高校世代で夏合宿にかなりの量の走り込みを行うチームも少なくありませんが、そうした選手たちを見ていると、心配になることがあります。このまま「体が枯れて」しまって、大学生になったらつぶれてしまうのではないか、と。

 植物と同じで、幹を太くしなければ、大輪の花を咲かせることはできません。それを年中、大会の度に花を咲かせようとするから、幹が細いまま小さい花しか咲かせられない選手になってしまうのです。この点は、指導者の方々にも是非理解してもらいたい点だと思います。

 世界のトップのマラソン選手は、20代後半から30代に全盛期を迎えます。それは、10代のころにあせらず、じっくり幹を太くしてきたからなのです。若いランナーの皆さんにも、この点を心掛けてもらえれば、将来マラソンと出会ったとき、大きな花を咲かせられるようになるのではないでしょうか。
こんにちは、「トレログ」編集部です。今回はJリーガーとして、さらに日本代表選手として活躍した小島伸幸さんが登場。日本サッカーが、世界のなかでさらに強くなるには? ワールドカップの舞台に立ったこともある小島さんならではの、興味深いエピソードが飛び出します。

イメージ 1 初めまして、小島伸幸です。私は1998年、初めてワールドカップのピッチに立った日本代表のメンバーとして、フランス大会に参加しました。以来、日本代表は3大会連続でワールドカップに出場し、サッカーを楽しむ現代の子供たちは、より世界を身近に感じられるようになっているのではないかと思います。

 ワールドカップでは、0-1(対アルゼンチン)、0-1(対クロアチア)、1-2(対ジャマイカ)という点差以上の世界との差は感じました。例えばアルゼンチン戦で、もしこれがJリーグならゴールの枠に飛んでいっただろうな、という呂比須ワグナーのシュートも、ディフェンスの足が出てきてゴールの方向に飛ばない。常日頃世界のトップを相手に戦っている選手がいるチームと、国内リーグで戦っていて、さらに上のレベルを知らないままのチームの違いに集約された大会でした。

 日本の選手にも通用するものはあった、と評価する選手もいましたが、私はもしかしたら、この差は縮まらないものなのではないか、と感じたのも事実です。シュートが飛ぶか飛ばないか、それはほんのコンマ何秒、数十cmの差。しかし、その差が常に強い相手と戦うことによって得られるものだとすれば、日本の選手にもそういう経験は必要だと感じました。

 「世界」について、自分の経験で一番印象的なのはロベルト・カルロスのシュートですね。私が国際試合で最初にゴールを決められたのが彼でした。角度のないところでしたし、手足を伸ばせば、全部ゴールが隠れてしまいます。自分の感覚では「Jリーグであれば止められる」。しかしロベルト・カルロスが放ったのは、今まで体験したことのないくらい、とてつもなく速いシュートでした。構える私のちょうど脇の下、手をすっと下げればボールのコースをふさげたはずなのですが、手を下げたときには後ろでパサッとネットの音がしました。

 以来、私の基準はロベルト・カルロスになりました。来るシュートがロベルト・カルロスの放ったものと考えていれば、それ以上速い球は来ないのですから! この経験が、私にとって選手として大きな財産になりました。

 今や日本代表はワールドカップ出場が至上命題のようになっている今の状況ですが、そうは言っても日本人は体格的に不利がありますし、壁は依然として存在しています。

 皆さんは中田英寿選手が海外で通用している姿しか観る機会がなかったかもしれませんが、その影で、彼はとんでもない努力家でもあるのです。高校を卒業してベルマーレ平塚に入団してきたときと、イタリアに渡るときとでは、体格も強さも見違えるものがありました。しかし、Jリーグで悪質なファールでもなければ倒れることのなかった彼ですら、イタリアでは競り合いの中で飛ばされてしまうようなことがある。海外で戦うには、それなりの下準備がなければなりません。

 それでもなお海外に挑戦し、そこで通用したもの、通用しなかったものが日本代表にフィードバックされていくと良いのではないでしょうか。壁に何度もぶち当たりながらも成功を勝ち取っている選手は、日本代表にとって欠かせない存在になっています。川口能活選手も、世界に出てあの身長でどうやって戦えばいいか、試行錯誤を繰り返したと思います。そのことが今の日本代表に生きているのではないでしょうか。今後の日本サッカー界にとって、そうした経験が非常に重要になってくると思います。

イメージ 1

こんにちは、「トレログ」編集部です。記念すべき第1回目の更新は、元プロ野球選手で、現在は野球解説者として活躍中の与田剛さん。剛速球を武器にしていた与田さんが教える、トレーニングの極意とは?

 初めまして、プロ野球解説者の与田剛です。かつてプロで11年間、速球を武器にピッチャーとしてプレーした私の経験を紹介する中で、将来の夢を抱く球児の皆さんが、何か成長のためのヒントを見つけてくれればと考えています。

 野球に日々取り組む皆さんの中には、将来はプロの選手になりたいという夢を持っている人も数多くいると思います。松坂大輔投手が今年ボストン・レッドソックスに入団しましたが、夢大きくメジャーに行きたいと考えている人もいるかもしれません。

野球選手として、大きくスケールアップするためにはどうすればいいのでしょうか。まず大事なのは、「己を知る」ということです。投げ方もそうですし、捕り方、打ち方のすべてに当てはまります。うまくなるためには、自分の姿が野球選手としてどのように動いているのかを知らなければなりません。

自分より技術的に優れている人の動きを基準にするのもいいでしょう。例えば、脚の速い人が、むちゃくちゃな走り方をしていることはないと思います。うまい人と自分の動きを比べ、真似することも良い練習になります。私自身も、プロ野球を見てピッチャーの投げ方を真似してみたり、自分のフォームを鏡で見て、それがプロの選手とどのくらい違うのかを理解するようにしていました。打ち方でも同じやり方ができると思います。そして、真似てみる際に、まず自分の形を知らなければ、基準となるものがわかりません。「己を知る」ことから、すべてが始まるのです。

 動きを意識し、目で見て理解すること。これは練習が終わり、自宅に帰ってからでも取り組めることだと思います。大きな姿見の鏡がなくても、窓ガラスがあれば見ることはできます。今日やった練習を振り返って、あのときのフォームはどうだったのか、確認をするようにしましょう。

 勉強と同じで、「予習」と「復習」が大切です。ただし、長時間をかけてやる必要はありません。最も大事なのは、できる限り毎日続けられる量と時間で行うということです。体に覚えさせることがスポーツでは重要ですから、例えば3日続けても1日休んでしまったのでは、体が動きを忘れてしまい、体に思い出させるのに時間がかかってしまうのです。今できる、無理のない範囲での量と時間というのが目安になります。苦痛な気持ちになってしまうようでは、続きません。

 今日意識して取り組んだ練習を、家に帰って復習してみる。そうすると、うまくいかなかったポイントが見えてくると思います。プロのレベルであっても、うまくいかないことはあるものです。うまくいったところはそれをレベルアップしていけばいいですし、うまくいかなかったところは、次の日にはどういう形で、どういう動きを意識して練習していくのかを考える。練習の「予習」を行うわけです。

 私の場合も、武器であった速球は非常に長い年月をかけて磨き上げたものです。何か「これをやれば速くなる」といったような、即効性のある練習法があるわけではありません。毎日毎日の練習で、少しずつ身につけていったのです。私の場合、練習に取り組む上での意識は「速い球を投げられるためにはどうすればいいか」しかありませんでした。その上で、付随する要素として、速さだけではなくコントロールも必要、変化球も必要と、その都度課題を見つけ、練習するようにしていました。

 速球もそうですが、短期間で身につけられるようなことは何一つないのです。そんなに甘いものではない、ということは大前提として知っておいてもらいたいですね。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事