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高校時代からオリンピックを目標にするようになった、という山本さん。のびのびと楽しんでいた水泳少年が、一流選手の道を歩み始めたその時、トレーニングはどう変化したのか? 興味深いお話が伺えます。
中学1年生の頃、バタフライを練習で多く行うようになり、まだ小学生から中学に上がったばかりで体ができていませんでしたので、肩の筋力不足で痛め、半年ほど泳げない時代がありました。「水泳をやめたい」と思ったこともありました。以来、肩は補強の練習を継続するようになりました。腹筋・背筋を鍛え、腰を痛めないようにもしました。 ただ、ウェイトトレーニングに取り組んだのは高校に上がってからです。私の場合は、中学生のときはただ伸び伸びと泳いでいました。体が大きくなりきっていない段階で鍛えすぎてしまうと、成長が止まってしまうのでは、という懸念もありました。体が大きくなり、成長が止まってからウェイトは行うようにしよう、と考えていました。練習で注意していたのは、良い泳ぎ、フォームだけでした。 よく言われていたのは「練習泳ぎをするな、練習から試合泳ぎをしろ」ということです。練習泳ぎとは、「楽な泳ぎ」のことです。それをやっていると、強くはなれません。「試合の泳ぎ」は長く続けることができません。それだけきつい泳ぎなのです。練習泳ぎなら、数多くの練習もこなすことができます。「こなす」だけの練習になってしまうのです。バテてもそうした試合の泳ぎで攻めていく。そして記録を出していけるかが重要なのです。もしへばってしまっても、良い泳ぎを意識して行うことの大切さを言い聞かせられました。 高校に上がると、そろそろ日本のトップを目指していきたい、そのためには筋力をつけて、体を大きくしていきたい、と考えるようになってきました。それまでいっさいそうしたトレーニングは行っていませんでしたので、私の場合は高校時代にグーンと記録が伸びました。 高校時代に記録が大幅に伸びた背景には、目標をしっかり持っていたこともあったと思います。その頃には、オリンピックに行きたいと思っていましたから。高校3年生のときにオリンピックがやってきましたから、1年生の頃から本当に必死で取り組んでいました。長期的な目標がありましたので、1年生のときはこう、2年生ではこの記録をクリアしていかなければ、などと色々と考えていた時期だったと思います。そのために、1日1日必死で練習していましたね。 また、高校入学を機に環境も変わったこともありました。新しい環境では、日本のトップの選手、自分が目標としている選手がたくさんいました。バタフライの日本チャンピオンもいましたから、練習から彼らの記録を越えていかないことには、勝つことはできない、オリンピックには行けない、という思いがありました。ですから、練習の中でも、常にそうした人の記録を気にして、その記録を抜くように努力していました。今日は何本勝てたのか、と。環境が変わったことは、自分にとってとても大きかったと思います。
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2007年12月18日
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