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【バスケットボール】波多野和也

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最後まで勝敗の行方がわからないのが、バスケットボールというスポーツの醍醐味(だいごみ)。そのために、プレーヤーに求められるものとは? 最終回となる波多野さんの「トレログ」では、スポーツにおける精神力の大切さがわかります。

イメージ 1 バスケットボールは、第3クォーターまでリードしていても、最後の最後で逆転されてしまうという可能性が常にあるスポーツです。試合の最終盤まで走れるかどうかが大変重要になってきます。最後に、バスケットボールで勝利するためにとても大切なこの部分についてお話ししたいと思います。

 走り込むことは、多くの人が苦手としていることではないでしょうか。僕自身もどちらかというと苦手です。そこで、試合最後の残り3分などといった場面でも走れるようにするためには、どうすればいいのでしょう。

 練習中、常に全力で取り組む、というのはよく言われることです。しかし、時には「手を抜こうかな」と考えてしまうこともあるでしょう。そういうときこそ、「自分に勝つ」ことがとても大切だと思います。

 試合の残り3分というのは、体力的なこともさることながら、精神的に「どれだけ勝ちたいか」ということも大きく関わってくる時間帯です。いくら疲れていても、精神的に「勝ちたい」と思っていれば、身体は自然に動くものなのです。逆に、いくら体力が残っていても、「勝てないや」と思ってしまうと身体は動きません。

 練習中、先ほど言ったように「手を抜こうか」などと考えてしまう場面だからこそ、自分に勝ってほしい。そうすれば、試合になっても絶対にあきらめない姿勢でプレーできます。

 走り込みは、走り込んだ量だけで左右されるものではありません。どれだけ勝ちたいかという意識、負けたくないという思いが大切だと思います。

 大阪エヴェッサでも、2006−2007シーズンのプレーオフ、準決勝の大分ヒートデビルズ戦で、試合残り時間1分を切ってから相手に追い上げられた場面がありました。そういう場面でこそ、練習で培った精神力の強さが発揮されるのです。精神的に強いチームが、試合でも強いのです。
迫力あるダイナミックなプレーこそ、バスケットボールの醍醐味(だいごみ)。今回の波多野さんの「トレログ」を読めば、華やかな試合の裏側にある、毎日の地道な練習の大切さがよくわかるはずです。

イメージ 1 僕は今、プロのbjリーグでプレーしていますが、ことボールの扱いという点に関して言いますと、今でもうまいとは決して言うことはできませんが、正直高校の頃に比べると、断然うまくなっていると感じています。左手を使えるようになった、という点だけでも、大きな違いとなっています。昔は正直、左手ではドリブルをつくこともままなりませんでした。

 こうした成長の背景にあったのは、大学時代の練習だったと思います。大学時代、基本について徹底的に取り組ませられましたから。それ以前は、「センターはセンターの練習」という形で、ハンドリングについて重視して取り組むことはありませんでした。

 それが、大学に入ると、チーム全員でドリブルなど、基本のハンドリングを徹底して行うようになったのです。「リバウンドを取ったら、自分でフロントコートに持っていっていいよ」とすら言われていたのです。「ああ、そういうプレーをしてもいいんだ」と意識が変わりました。それからはドリブルの練習にも打ち込むようになりました。

 大学では、まず練習の最初に、全員で座ってドリブルの練習を行うことが習慣でした。まず人差し指だけでドリブル、20秒間くらいだったと思いますが、続けるのです。次に中指、薬指、小指と同じようにくり返していきます。右手が終わったら、次は左手です。

 次に、立ってフロントチェンジ、レッグスルーなど、様々なドリブル練習に移ります。こうした基礎練習が終わってから、ようやく本格的な練習メニューに入っていくのです。

 大学に入学したての頃は、特に左手ではボールがあらぬ方向に行ってしまうような状況でした。それが、練習を続けていくことで、4年生になった頃にはミスがゼロとは言わないまでも、かなり減らすことができました。

 ボールハンドリングを大事にする姿勢は、大阪エヴェッサに入団してからも変わりません。比嘉さん(比嘉靖・大阪エヴェッサアシスタントコーチ)からドリブル技術を教えられています。

 プロの舞台でパワーフォワードからスモールフォワードとポジションアップを経験していますが、ハンドリングに関してはまだまだ不安を抱えながらのプレーです。不安に打ち勝つには練習するしかありません。ドリブルは常に重視して日々練習に取り組んでいます。

 こうしてプレーの幅が広がると、見える世界も変わってくるものです。僕自身も、それまでであればリングの近くでしかプレーできていなかったのが、ちょっと離れてプレーできるようなったりしました。

 ハンドリングは、ポジションに関わらず重要です。いくら身長が大きいからといって、欠かすことはできません。とにかく、ドリブルは数多く練習を積んでもらいたいと思います。
体格が違う外国人との試合でも、臆(おく)することなく立ち向かっていく波多野さん。今回のお話にある「自らぶつかっていく」という具体的なトレーニング方法は、精神面にも通じるものがあります。

イメージ 1 個人的な考えですが、中学・高校の頃は、体がまだまだできていません。ウェイトトレーニングなどによって筋肉をつけようとをするのは、高校2年くらいからでいいのではないでしょうか。中学生の時点から筋肉をつけてしまうと身長が止まってしまう可能性もあるのではないかと思いますし、ウェイトトレーニングはあまりお勧めしません。それであれば、もっとご飯を食べて体重を増やす方がいいと思います。

 あと、特に女子であれば、当たったら痛いという考えを持っている子たちも多いと思いますが、考え方を変えれば、当たることでファウルをもらえるかもしれません。そういうふうに考えてぶつかっていけばいいと思います。ぶつかったとしても、痛さはたかが知れています。実際にやってみれば、思っていたほど痛くはないはずです。

 そういう気持ちでぶつかっていけるためにも、重心を真ん中に保つということが、バスケットをやるうえでは大切になってきます。重心がズレてしまっていると、当たったときにも横向きになってしまったりします。しかし、重心が真ん中にあれば当たってもバランスは崩れないのです。

 僕の場合も、中学・高校の頃は非常に体型が細かったですので、苦労した経験があります。サイズのある相手とマッチアップしたときなどは、ガンガン攻めてこられると、逃げていたのでは守れない。やはり、自分からぶつかっていかないとダメなのです。相手がドリブルをついて押してこようとしたときに、自分は重心を低くして、相手の腰のあたりに手を当てて押さえるようにしていました。このようにディフェンスをすれば、体格差があっても耐えることができました。大きな相手が来たからといって、高さで対抗することを考えて腰を高くするのではなく、腰を低くして腕でしっかり守ることが大事だと思います。

 僕は中学・高校の頃から、自分よりもサイズがある、体重のある相手と練習や試合で対戦してきました。その中では、重心を低くしないとどうしても押されてしまうのです。そういう経験を積んできているので、外国人と多く対戦する今のbjリーグでのプレーに生かせているのではないでしょうか。

 外国人とマッチアップするときには、とてつもなく重さを感じます。ただ、これも幸運なことに、僕は大学時代に長澤選手という非常にサイズのあるチームメイトと練習で対戦していたことが、とても良い経験となっています。ですから、今外国人と対戦するときも、確かにパワーはとんでもないですが、多少の慣れがあるわけです。だからこそ、外国人相手でも引くことなく、まず当たっていけるのだと思います。
今回は、波多野和也さんが2回目の登場。現在バスケットボール選手として華々しい活躍をする波多野さんも、学生時代に練習のつらさから「バスケをやめよう」と思うこともあったとか。そんな悩みを克服したきっかけとは? スポーツだけでなく、勉強や仕事にも応用できそうなお話です。

イメージ 1 前回もお話しましたが、僕がバスケットを始めたのは中学入学後でした。プロ選手になった現在、キャラバンという形で小・中学生から高校生のお子さんにバスケットを教える機会があるのですが、そこでいつもビックリさせられるのは、今の子供たちと、その年齢だったころの僕たちとではレベルが全然違うということです。今の子たちの方が全然うまいのです。

 そこで思うのは、昔の僕たちより全然うまいのだから、このままバスケットを続けてほしい、ということです。

 僕にもバスケットをやめようと考えたことはありました。そこでバスケットをやめずに続けられたのは、「やめないためには」ということよりも、もう少しだけやってみよう、それでも本当にダメならやめようという考え方をしていたからでした。

実際、高校生のときにそういう状況に陥ったことがありました。そこで、あと少しだけやってみる。最初はやはり嫌々なのですが、実際にあと少しだけやってみた後、自分が悩んでいたことが、実はたいしたことではなかったことに気がつけるのです。

 どうしても、「嫌だな」という思いは先に来てしまいます。しかし、嫌なのはわかった、と一度認めて、その上で少しだけ我慢しようとしてみてください。すると、嫌だったことがたいしたことではないとわかる。そして、続けていくことができるようになると思うのです。

 高校に入って3ヵ月くらいの頃でしたが、バスケットが本当に嫌になってしまいました。練習がきつかったこともありますが、家から離れた静岡の高校だったこともあって、ホームシックにもなってしまったのです。そして、バスケットをやめたいと思いました。そのことを監督にもコーチにも打ち明けました。そのときにコーチから言われたのが、先にお話した、もう少しだけ頑張ってみろ、ということでした。

 そこで我慢した結果、今に至るという感じなのですが、振り返ってみると、当時の自分の悩みは本当にたいしたことではないのです。

 その高校1年生のとき以来、バスケットをやめたいと思ったことは一度もありません。大学生のときなどは、バスケットが楽しくて仕方がありませんでした。練習はきついのですが、部員はみんな楽しんで取り組んでいました。夏合宿などではすごい量を走ったりしますので「しんどい」と思ったことは正直ありました。それでも、「やめたい」と思ったことはなかったです。

 苦しいときに苦しいと思うのは、誰もがそうだと思います。そうした苦しいときに声を出して自分のテンションを上げるのです。周りから「うるさい」と言われるくらいでいいのではないでしょうか。

監督からも、苦しいときこそ声を出せと言われていましたが、中学生や高校生の頃はそのことがなかなかわからないと思います。「声を出したって苦しいのは変わらないじゃないか」と思うかもしれません。しかし、声を出すことで盛り上がることができ、良い雰囲気の中、チーム全員で乗り越えていけると思うのです。
今回はプロバスケットボール選手として活躍中の、波多野和也さんが登場。現在25歳と、「トレログ」6人のなかで最年少のアスリートです。お話からは、学生時代から夢中になってスポーツに取り組んでいた様子が伺えます。また、その陰には大切な「出会い」のエピソードも……。ぜひご一読ください!

イメージ 1 初めまして、プロバスケットボール「bjリーグ」の大阪エヴェッサに所属している波多野和也です。半年間、バスケット選手のためのトレーニングについて、お話していきたいと思います。よろしくお願いします。

 まず第1回目は、僕のこれまでの経験についてご紹介したいと思います。僕がバスケットを始めたのは中学からでしたが、チームはあまり強くありませんでした。ただ、先生は厳しい人で、毎日練習前に校庭を20周とか、かなりの量を走らされていましたね。週に2回しか体育館を使えなかったこともあります。

 高校でバスケットを続けるかはまったく考えていなかったのですが、静岡学園の小松裕幸コーチから一度練習を見に来ないかと誘われ、見に行ったという感じです。当時の静岡学園は強豪校ではありませんでしたが、チームを強くするということでコーチが着任し、僕らの代で初めて県外から入学したのです。

 全国の舞台に立った高校2年の夏のインターハイは1回戦負けでした。それまで全国を経験したこともありませんし、「全国大会に出てみたい」ということが目標でしたが、その目標が実現してからは、優勝を目指したいと思い始めました。それだけの厳しい練習に取り組んでいましたし、「日本一になりたい」とだけ考えて日々バスケットに取り組んでいました。翌年、3年生のときはインターハイと冬のウインターカップにも出場しました。

 卒業後、専修大に進学したのですが、高校のときも、進路については特に考えていませんでした。大学に行けるとも思っていませんでしたから。何回か、高校の練習に当時アシスタントコーチだった中原雄さん(現・同校ヘッドコーチ)が来てくれてはいたんですが、単にバスケットを教えに来てくれているだけで、勧誘されることはありませんでした。高校3年の最後までそういう感じでしたので、卒業後は就職を考えていましたね。

 専修大は、とにかく基本を教えてくれるチームでした。大学に入ると、どうしても選手は派手なプレーなどに行きがちで、専修の選手も実際に派手なプレーをしたりもするのですが、毎日の練習は、アップ後に皆でドリブルをしてスタートさせるなど、基本をしっかりやることが大前提なのです。その上で、試合では好きなようにやれ、という感じでした。

 入学したときには、「ここ、強いな」と正直思いました。幸運なことに、僕は1年生から試合に出させてもらいましたし、練習中は先輩にしごいてもらいました。普段から、レベルの高い練習に取り組むことができたわけです。そういうことを経験してきましたから、他のチームには全然負ける気がしませんでしたね。「今まで俺たちはこれだけのことをやってきたんだから、負けるわけがない」と。チームでは同級生の長澤晃一(能代工高出身、身長197cmのセンター。現IBMラグビー部所属)につくことが多かったので、練習中のマッチアップの方がきついくらいで、試合の方が楽だったのです。

 当時、唯一目標にしていたのは、関東大学リーグやインカレでのリバウンド王でした。結局、最後まで2位に終わり、タイトルを取ることはできませんでしたが……。専修はかなり大きいチームでしたが、練習中から負けない努力をしていました。いくらチームメイトでも負けたくない。負けたら気分良くないですから。

 今から振り返ると、中学から高校に上がるときの小松コーチとの出会いが大きかったと思います。もしコーチと出会えていなかったら、バスケットを辞めていたかもしれません。高校に上がってからも、専修の新関光一監督(当時)、中原コーチといった方と出会えたことも重要でした。このbjリーグに僕を送り出してくれたのも新関監督でした。そういう「出会い」というものが、自分のバスケット人生において非常に大事だったのだと今では思います。

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