幸せクリスチャンの信仰日記

この世で生きていく上で役立つ話ばかりです。

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‘自分によくしてくれる人を愛したとて、なにになろうか
 そんなことは、取税人でもしていることではないか’(聖書)
 
 自分によくしてくれる人ー親切、甘い言葉、おごってくれるーを感謝したり、好きになるのは人間の本能である。
 しかし、そういった人が、すべて自分に対する好意や、素朴な善意でしているとは限らない。
 
 だいたい、人を悪の世界に誘い込む人は、たいてい親切にして、相手を手なずけるものである。
 たとえば、生活にこまり、就職がなく、そして少々やましい部分のある人が、高価なスーツを着たセレブ風の人に、おごってもらったり、生活の面倒(下の世話も含む)をみてもらったりし、四六時中相談にのってもらったりすると、相手に好意を抱き、相手を信頼し、この人についていけば、きっと幸せの道が開けると思うことだろう。
 溺れる者をも、わらをもつかむというが、孤独と絶望感におぼれていると、真実が見えなくなることはある。
 
 悪の道に誘う段階
一 親切にして、気楽に話をするー相手の性格、生活感、過去、人生を知るため
二 まるで家族のように接した後、連絡を絶つー親切にしてくれた家族同然の相手か ら、急に冷たくされると、以前の関係を取り戻そうと相手の言いなりになる。
  アウトローの世界では、親分、兄貴、舎弟といった疑似家族をつくったりする。
三 悪いことをさせるー身近な人に嫌事を言ったり、物を盗んだり、恐喝まがいのこと をしたりして、周りから疎外されるように仕向ける。
 
 こうなれば、もう相手の思うつぼである。
 誰からも相手にされない孤独なチョイ悪人間は、悪の道に入るしかないというドツボにはまっていく。
 
 アメとムチ、行きはよいよい帰りは恐いという言葉は昔からある。
 結婚詐欺師は、たいてい相手に「この人は私に幸せを運んでくれる人、この人とつきあえば、金持ちになり、幸せになれる」という錯覚を持たせ、同棲に持ち込む。
 
 自分に失礼な態度をとる人、自分を嫌う人をも理解するように努めることで、相手との関係をスムーズにすることもできる。
 秋元 康曰く
「僕を嫌う人、もういっぱいいます。しかし誰も、電話をかけてきて『おまえなんか嫌いだ』と言ったり、僕を道で襲う人もいません」
 人は妬みの感情がある。
 なかには、自分や自分の子供のことで、世話になってもらいながら、相手のミスや欠点をあげつらう人もいるくらいである。
 
 少々悪い人や自分を嫌う人を理解しようと努めることーこれがキリストの愛ではないかと気ずかされる。
 
 アーメン
 
 
 

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