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私の曽祖父は電力事業を営んでいました。娘が3人いてその長女が私の祖母です。曽祖父は3人の娘に一つづつ発電所を与えようとその建設を急いでいました。
日本の電力自由競争の時代です。鉄に加えて電力が国の基幹産業になっていった時代です。色々な電力会社があったので、一軒の家に、一軒の会社に色々な積算メーターが複数台ついていて各々がそのサーヴィスを競っていた地代です。 一方日本は軍部を中心に着々とその力を国際的に伸ばし、エネルギーはその重要課題でした。役所はなんとか電力事業を一元化して国によるコントロールを画策しました。
そこにはさまざまな暗躍があり、官僚派は政党はにさまざまな妨害を企て合併に応じない中小の電力会社に圧力をかけました。その中のひつとがかの有名な疑獄事件のシーメンス事件です。私の曽祖父はその事件に連座したとの疑いから事業を潰され、軍部の統制のもと今の東京電力の人柱となったのです。それが東電の発電所には亡霊が出るとのうわさの根拠です。
電気柵会社 社長 吉田愛一郎
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