「おばあちゃんの鐘馗(しょうき)さま」

安倍改憲ノー。戦争法と共謀罪廃止、野党は共闘。

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第二次世界大戦で死者が一番多かったのはどこの国?

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資料集や歴史の本に書いてあった

ソ連が2000万人、中国は1000万人。

中国の死者は日本に責任が有ります。

「中国の旅」等で焼きつくし、殺しつくし、うばいつくす…日本軍による三光作戦」や

731部隊の人体実験を知りましたが膨大なソ連の死者についてはレニングラードは包囲戦ぐらいしか知りませんでした。

子供の課題図書にこの悲劇の本が有りました。

ドイツ軍はソビエト連邦第2の大都市レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を900日近くにわたって包囲したが、レニングラードは包囲に耐え抜き、後にスターリンによって英雄都市の称号が与えられた。飢餓や砲爆撃によって、ソ連政府の発表によれば67万人、一説によれば100万人以上の市民が死亡した[2][3]。これは日本本土における民間人の戦災死者数の合計(東京大空襲沖縄戦広島長崎を含む全て)を上回る。

チェルノブイリの祈りに続き
スベトラーナ・アレクシエービッチの二冊目です。
あまりにそれぞれがすべて悲惨で今の私たちが知らなければならないことです。
もう書きつくせません、是非読んでいただきたいです。

戦争がどれほど非人道的な物か。

内容紹介

ソ連では第二次世界大戦で100万人をこえる女性が従軍し、看護婦や軍医としてのみならず兵士として武器を手にして戦った。しかし戦後は世間から白い目で見られ、みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかった――。500人以上の従軍女性から聞き取りをおこない戦争の真実を明らかにした、ノーベル文学賞作家の主著。(解説=澤地久枝)

内容(「BOOK」データベースより)

ソ連では第二次世界大戦で百万人をこえる女性が従軍し、看護婦や軍医としてのみならず兵士として武器を手にして戦った。しかし戦後は世間から白い目で見られ、みずからの戦争体験をひた隠しにしなければならなかった―。五百人以上の従軍女性から聞き取りをおこない戦争の真実を明らかにした、ノーベル文学賞受賞作家のデビュー作で主著!

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訳者の三浦みどり

ロシア語通訳で翻訳家の三浦みどりさんが12月13日に亡くなりました。
 三浦さんはベラルーシのドキュメンタリー作家アレクシエーヴィチを日本に紹介し、 『アフガン帰還兵の証言』(日本経済新聞社)『ボタン穴から見た戦争』『戦争は女の顔をしていない』(群像社)を翻訳しました。アレクシエーヴィチ来日の際には通訳をつとめています。

 チェチェン紛争にも早くから関心を寄せて少数民族への共感を示し、プリスターフキン『コーカサスの金色の雲』(群像社)やポリトコフスカヤ『チェチェン やめられない戦争』(NHK出版)の翻訳を出しました。

 また、石井桃子著『ノンちゃん雲に乗る』をロシア語に翻訳、ロシアで出版したほか、新見南吉の「手袋を買いに」も露訳し、日本の優れた児童文学をロシア語圏に紹介しました。
http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/4255c351e9de5ea95dabfdb87e059814
  チロ基金は三浦みどりさんのおかげで、このロシア語版「ノンちゃん雲に乗る」をベラルーシの子どもたちに紹介することができたのです。
 詳しくはHP「ベラルーシの部屋」内「ノンちゃんをベラルーシの子どもたちの手に」運動についてご覧ください。



形式: 文庫
著者のスヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチは、1948年ウクライナ生まれのジャーナリスト・作家であり、2015年にノーベル文学賞を受賞した。著者の作風は、ジャーナリストとしての経験を活かした記録文学である。本書は、白ロシア(現ベラルーシ)の子供たち101人が第二次大戦中に経験した体験を、聞書きとしてまとめたものである。戦争当時(1941年)の子供たちの年齢は3歳から15歳、最も多いのは10歳前後である。本書が残した過酷な子供たちの体験は、現在読んでも辛くなる。たまたま、東京新聞が連載している「平和の俳句」で、「戦争は大人が子供を殺すもの」(2016年4月25日掲載、中村裕さん作)を読んだが、この句が本書の内容を簡潔に表現しているように思われた。

第二次世界大戦開始後の1941年6月22日、白ロシアにドイツ軍が侵入した。以後、白ロシアは独ソ両軍の主戦場となり、侵攻したドイツ軍は白ロシアの地を徹底的に破壊した。こうしてのどかな農村地帯だった白ロシアは一気に地獄のような混乱に陥ったのである。この地獄はソ連の反撃によりモスクワ郊外からドイツ軍が大混乱の中を撤退した12月まで続く。本書は、この地獄を体験した子供たちの証言である。子供たちは、恐怖や飢餓の中でも母親の存在に救いを求め、兄弟姉妹たちの安否に心を痛め、また戦地の父や兄の帰還を祈る。混乱の中でも、迷子になった子供
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ドイツでは花を飾りまっ白いテーブルクロスがあった、
ソ連の普通の家にはそんな物はなかった、なのに
なぜドイツはソ連、を攻めたのか。という証言も有ります。

子供たちをドイツの戦車が轢いていき
何も残らなかった。

女性も子供も祖国を守るために前戦に行こうとした。

若過ぎて止められても。

戦争が終わっても悲劇は続いた。

転載元転載元: 猫と薔薇、演劇、旅ファン

五輪&豊洲の旗色悪く…焦る小池都知事が“次のネタ”探し

2016年10月28日


日刊ゲンダイ

 小池劇場の先行きがいよいよ怪しくなってきた。

 小池百合子都知事は、2020東京五輪の3競技会場の見直しをブチ上げた直後こそ強気一辺倒だったが、ここにきてトーンダウンしている。宮城県の長沼へのボート・カヌー会場変更という大胆な計画に都民の後押しがあったのに、小池知事直属の五輪調査チームは「3会場で400億円の費用圧縮」などと現行会場での小幅見直しを試算。これでお茶を濁すつもりなのか。

「小池知事は3会場について今月末にも判断するとしていますが、どうやら調査チームは複数案を提案することになりそう。最終的な決定は、都、組織委、IOC、政府の4者協議の場に持ち越されるのではないか。バッハ会長が会場見直しにまでIOCの関与を強めてきたことは、小池さんにとって誤算だったと思います」(都政関係者)

 豊洲市場問題も当初の“白紙”の勢いはどこへやら。専門家会議は土壌汚染について現状「問題ない」という認識。市場問題チームが扱っている建物の耐震強度についても、設計会社が「安全確保できている」と主張し、沈静化ムードである。

<学校と命>子どもを守る覚悟問う

河北新報

1月28日

 東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市大川小を巡る訴訟で、仙台地裁は26日、子どもの命を預かり、守る覚悟を学校に求める判決を言い渡した。2年7カ月に及ぶ訴訟や関係者の証言から教訓を探る。(報道部・斉藤隼人、畠山嵩)

◎大川小津波訴訟の教訓(1)備え

<耳を疑う証言も>
 「校長、教頭が何も決められず、学校をまとめられない。教育委員会は判決を真摯(しんし)に受け止め、実力本位の人事をすべきだ」
 勝訴判決後、長男と長女を失った原告の鈴木義明さん(54)が記者会見で訴えた。

 あの日、児童は約45分間、校庭で待機させられた。「なぜ、子どもが死んだのか」。震災から5年7カ月、毎日、問い続けてきた遺族は教育者としての資質にまで踏み込み、検証を続けてきた。

 地裁で4月8日にあった証人尋問のやりとりに、遺族は耳を疑った。
 証言したのは大川小の元校長で、地震発生時は不在だった柏葉照幸氏。
 「万が一、大川小まで津波が来たら山に逃げるしかないかな、と話した」
 柏葉氏は、震災の2日前と1カ月前の2度、津波を想定し、教頭や教務主任と協議した事実を認めつつ、「万が一は言葉の中での話」と釈明した。

 遺族側の弁護士が「『万が一』を考えるのが校長の役割ではないか」とただすと、原告席の遺族は柏葉氏に厳しい視線を向けた。
 2009年4月に大川小に着任した柏葉氏は、市教委の指示で10年度の危機管理マニュアルに津波対応を盛り込んだ。ただ、避難場所は標高1メートル程度の低地のまま。「十分考えた上での安全計画ではなかった」と認めている。

<対策の不備 免責>

 訴訟で、遺族側は「教員はマニュアルを適切に改訂し、津波対策をする義務があった」と主張。市側は「津波到達は想定できず、教職員に求められる水準は満たしていた」と反論した。

 09年4月に施行された学校保健安全法は、災害などに備えたマニュアルの策定や研修など「事前の備え」を学校に強く求めた。判決は法の趣旨に触れつつ、「行政も想定外だった」などとして事前対策の不備を免責した。

 京都精華大の住友剛教授(教育学)は「学校現場は『詰め詰めの弁当箱』状態で、防災が入る隙間はない。教育委員会は、命を守る対策に十分時間を割くべきだ」と提言する。

 「地震から津波到達までの51分間や3.11前に、子どもたちを救う手掛かりはなかったか。徹底的に考えてほしい」
 兵庫県の小中学校の新任教員40人が8月25日、大川小を訪れ、語り部の言葉に耳を傾けた。

 命の現場と向き合い、教員としての覚悟を問う−。同県教委は本年度、新任研修に東北の被災地視察を取り入れ、大川小は必ず立ち寄っている。

 「命あってこその教育。被災地・兵庫は学力向上はもちろん、全国一の防災教育に努める」と担当者は言う。

 大川小で語り部を続ける原告遺族の只野英昭さん(45)が警鐘を鳴らす。

 「大川小に来るのは宮城県外の教育関係者ばかり。宮城県や石巻市の教育委員会は全く触れようともしない。これでは悲劇を繰り返す」

2016年10月28日(金)

きょうの潮流

しんぶん赤機

 ゆったりと流れる北上川のほとりにある小高い丘。その上の小さな花壇には季節の花が咲き、チョウやハチが舞います。丘の向こうには、宮城・石巻市立大川小学校がありました

▼東日本大震災のとき、小学校の子どもたちはその丘に向かい、津波にのみ込まれました。いま丘の花壇には夏になると、たくさんのヒマワリが大きな花を咲かせます。「また会えたね」「ずっとずっと、いっしょだよ」。わが子を失った母親が植えたものです

▼彼女たちの心の内は震災翌年に出版された絵本『ひまわりのおか』に描かれています。児童74人と10人の教職員が犠牲となった大川小をめぐる訴訟の判決がありました。仙台地裁は津波の襲来を予見できたとして、学校側の過失を認めました

▼なぜ、学校からすぐに避難できる裏山に逃げなかったのか。そのときの判断は―。遺族の思いは真相の究明でした。しかし学校や市の教育委員会の説明は二転三転。聞き取り調査のメモが捨てられるなど疑問と不信が募りました

▼第三者委の結論にも納得できず、自分たちが当事者になって事実を掘り起こそうと提訴に。「未来の命につながる」と判決を評価する一方で、「真相は明らかになっていない」という遺族も

▼悲劇のままで終わらせたくない、二度とくり返してはならない。遺族や学校、自治体も思いは同じはず。実際、石巻市では学校の防災に教訓を生かすとりくみが始まっています。たくさんの笑顔が咲く「ひまわりのおか」。救えた命を忘れないで、と。

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