「おばあちゃんの鐘馗(しょうき)さま」

安倍改憲ノー。戦争法と共謀罪廃止、野党は共闘。

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【社説】

死後再審決定 鍵はまたも未提出証拠

7月12日

 冤罪(えんざい)の疑いが強まったなら、たとえ本人が死亡した後でも救済をためらってはなるまい。日野町事件で大津地裁が異例の死後再審を認めた。抗告審ではなく、直ちに公開法廷で裁判のやり直しを。

 三審制の裁判で確定した判決の重みは言うまでもないが、時に、その確定判決に誤りが見つかることも歴史が示す通りである。

 冤罪を訴え、再審の扉をこじ開けるまでの道の険しさは「ラクダが針の穴を通るより難しい」と例えられてきた。ましてや死後再審となれば、極めて異例の救済手続きということになる。その死後再審を大津地裁が認めた。

 それほど重大な疑義が確定判決に生じた、と裁判所自らが認めたわけである。検察官抗告で高裁での決着に先送りするのではなく、直ちに公開の法廷に舞台を移して裁判をやり直すべきだ。

 無期懲役が確定し、服役中に死亡した阪原弘元受刑者を犯人と結び付ける直接証拠はなく、当初から、自白を裏付ける捜査や証拠の正当性が焦点だった。

 一審の大津地裁は、自白の信用性は高くないとしながら状況証拠から有罪が認定できるとし、二審の大阪高裁は、逆に、自白の根幹部分が信用できるとして有罪認定を維持していた。

 今回の大津地裁決定は、その自白について「殺害態様の点」「金庫発見場所の知情性を中心とする金庫強取の点」など四つの重要部分において信用性が大きく動揺した、と述べている。

 例えば金庫については、原審では、阪原元受刑者が発見現場の山中まで捜査員を任意で案内した、とする「引き当て捜査」の調書が有罪の証拠とされていた。

 ところが再審請求審では、検察側が新たに開示した手持ち証拠から意外な事実が判明した。
 引き当て捜査で撮影した写真のネガフィルムを調べたところ、実際には帰り道で撮影した写真が現場に向かうときのものとして調書に添付されていたことが判明したのである。元受刑者は本当に案内できたのか。証拠捏造(ねつぞう)ではないのか。

 法廷には提出されなかった検察側の手持ち証拠の扱いは、これまでの再審請求事件でも再三、問題になってきた。今回もまた、冤罪の疑いが強まる決め手の一つとなった。

 教訓を生かす時ではないか。
 今のように裁判官の職権、裁量に任せるのではなく、再審請求審のルールとして未提出証拠の全面開示を目指す必要があろう。

東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018071202000191.html

<社説>オウム死刑執行 真相解明の手だて失った

2018年7月7日

 オウム真理教の教祖麻原彰晃を名乗った松本智津夫死刑囚ら7人の刑が6日に執行された。松本死刑囚は一審途中から沈黙し、事件の核心を語らなかった。真相に迫る手だてを失ったことは残念と言わざるを得ない。

 確定判決によると、松本死刑囚は、他の教団幹部らと共謀し、1989年の坂本堤弁護士一家殺害、94年の松本サリン、95年の地下鉄サリンなど一連の事件を引き起こした。公証役場事務長監禁致死事件などを含めた13事件の死者は27人。起訴後の死亡を合わせると29人に上る。

 日本の犯罪史上、類例のない残忍、凄惨(せいさん)な事件だった。テロによる被害者は6500人以上で、多くの人が重い後遺症に苦しんでいる。

 死刑執行を命令した上川陽子法相は「二度と起きてはならない」と強調したが、再発防止のためには、犯行の全貌を詳細に至るまで徹底的に解明する必要があったはずだ。

 一宗教団体が無差別殺人集団に変貌していった経緯、若者たちが犯罪に関与するようになった理由を含め、突き詰めて明らかにしないままで、類似の犯罪を防ぐことができるのか。

 松本死刑囚は95年に逮捕された後、96年の公判で弟子が不利な証言をしたときから、意味不明な言動をするようになった。東京地裁が死刑を宣告した2004年2月以来、公の場に出ていない。08年半ばからは弁護士や家族との面会も避けていた。

 刑事訴訟法は確定死刑囚が心身喪失状態にあるときは法相の命令によって執行を停止する旨を定めている。

 松本死刑囚は刑を執行しても差し支えない精神状態にあったのだろうか。判決確定後の行動を見ると、疑問なしとしない。日弁連が指摘するように、独立した機関が心神喪失状態にあるかどうかを判定し、結果を公表する仕組みが求められる。

 もし、是非善悪をわきまえる能力を失っていなかったとすれば、執行を見合わせる選択肢もあった。いずれ動機や真相を聞く機会が得られたかもしれない。

 同じ日に刑が執行されたオウム真理教元幹部の井上嘉浩死刑囚は3月に東京拘置所から大阪拘置所に移送された際、東京高裁に再審を請求していた。再審請求中の死刑執行は異例だ。

 松本死刑囚が95年5月に逮捕されてから23年、06年に死刑が確定してから12年が経過している。他の元教団幹部を含め、刑の執行は時間の問題だったのだろう。首謀者の心の闇を解き明かすすべはなくなった。
 刑が執行されたからといって事件が終わるわけではない。遺族の悲しみは消えず、テロによる健康被害は残る。

 どうすればこのような悲惨な事件を防ぐことができるのか。社会全体で真剣に考える必要がある。事件を風化させてはならない。

琉球新報

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-755294.html

大飯原発控訴審  住民の不安膨らむ判決

 関西電力大飯3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを周辺住民らが求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁金沢支部は、差し止めを認めた福井地裁判決を取り消した。

 住民側の逆転敗訴である。
 判決は原子力規制委員会が定めた新規制基準を「最新の科学的、専門的知見を反映した」と評価、「危険性は社会通念上無視できる程度まで管理・統制されている」とし、2基が新基準に適合するとした規制委の判断を追認した。

 「社会通念上」とは何を示すのか。どの程度なら危険を許容できるというのか。住民の不安はかえって膨らむのではないか。

 「具体的な危険性があれば運転の差し止めは当然」とした福井地裁の判断とは対照的な考え方だ。
 原発を巡る司法判断では、一審で差し止めの判断が出ても、上級審などで覆る事例が少なくない。

 隣接する福井県高浜町の高浜原発3、4号機について、運転差し止めを命じた2015年4月の福井地裁の仮処分決定は同年12月に同じ福井地裁で取り消された。16年3月には大津地裁が運転差し止めの仮処分決定をしたが、17年3月に大阪高裁が取り消している。

 今回の控訴審も「高裁の壁」に阻まれた。原発の稼働を止めるハードルは上がったように思える。
 最大の争点は、関電が設定した耐震設計の目安となる揺れ(基準地震動)の妥当性だった。原告側は算出に用いた計算式を検証し、過小評価となっている可能性を指摘したが、高裁はこれを退けた。

 すでに営業運転していることをふまえ、関電側の主張を追認したかのようにみえる。

 気になるのは、「福島原発事故に照らし、原子力発電そのものを廃止することは可能だろうが、その判断は司法の役割を超えており、政治的な判断に委ねられるべき」と述べていることだ。

 原告の主張を退ける判断をしておきながら、原子力発電の存廃について深入りを避けようとするのはなぜなのか。司法の役割を放棄したと思われても仕方ない。

 大飯、高浜両原発は14キロしか離れておらず、災害時に同時に被害を受ける可能性がある。

 しかし、政府と福井県はそれぞれの原発で事故が起きた場合の避難計画はまとめたが、両原発が同時被災した際の計画は作成していない。

 原発に関する施策が貧しい現状があるからこそ、司法には根拠のある判断をしてほしかった。


[京都新聞 2018年07月05日掲載]

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/

「大飯」勝訴でも不安…上級審では国側が勝つこの国の裁判


2014年5月24日


 本当に原発は止まるのか。
 関西電力大飯原発の再稼働差し止めを求めた民事訴訟が住民側の勝訴となったことで、反原発派は勢いづいているが、関電は翌日控訴。菅官房長官も安全な原発を再稼働させる政府方針は「全く変わらない」と言い切った。今度の判決は「(耐震性に問題がある原発は)生命を守り生活を維持する人格権の根底を具体的に侵害する恐れがある」(樋口英明裁判長)とし、原発から半径250キロ圏内の住民の人格権を認めた画期的判決といわれる。

 原告弁護団事務局長の笠原一浩弁護士は「原発のように科学的見解に複数の知見が存在するテーマだからこそ、万一の事故もあってはならないという、最高裁の判断も踏まえた判決だと理解しています」と言い、控訴審に自信を示したが、不安がよぎる。過去を振り返れば、この国では「司法の独立」なんて絵に描いたモチで、住民側が苦汁をなめる判決が多いからだ。


地裁判決はアリバイ作りか/(C)日刊ゲンダイ

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/150434

社説 裁判


大飯控訴審判決 住民の不安、直視したか

07/05


 大地震がきっかけとなって起きた福島第1原発事故の教訓を軽視していないだろうか。

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の運転差し止めを周辺住民らが求めた訴訟の控訴審で、名古屋高裁金沢支部はきのう、差し止めを認めた一審判決を取り消し、住民側の請求を棄却した。

 一審の福井地裁は4年前、大飯原発の地震対策に構造的欠陥があると指摘し、運転差し止めを命じた。関電側が控訴したため、この判決は確定せず、3、4号機は今春相次いで再稼働した。

 今回の高裁判決は、再稼働の根拠となった原子力規制委員会の新規制基準について「不合理な点は認められない」とし、安全対策の欠陥も否定した。

 具体的な危険性が万が一でもあるかを検証すべきだとした一審判決とはあまりに対照的だ。

 高裁は規制委の判断を追認するだけで、住民の不安に向き合ったとは言い難い。

 控訴審では、関電が大飯原発の耐震設計の目安として算定した揺れ(基準地震動)の妥当性が最大の争点となった。

 住民側証人として出廷した元規制委員で地震学者の島崎邦彦東大名誉教授は、算定に用いた計算式を検証し、基準地震動が過小評価された可能性を指摘した。

 関電側は「震源となる活断層の面積を詳細な調査で適切に把握した上で、より大きな面積を設定して算定した」と反論。判決はこの主張を採用し「過小だとは言えない」と結論づけた。

 島崎氏は規制委員時代に大飯3、4号機の地震対策の審査を担当した専門家である。2016年の熊本地震のデータも参考にした指摘は傾聴に値する。

 最新の科学的知見を取り入れ、安全基準を不断に補強していくことが、福島第1原発事故の教訓だったはずだ。

 これを正面から取り上げずに「(大飯原発の)2基の危険性は社会通念上無視し得る程度に管理・統制されている」とまで言い切ったのは大いに疑問である。

 福島の事故から7年が過ぎても、なお約5万人が避難生活を強いられている。またこの間にも熊本地震や大阪府北部地震など大きな地震が各地で発生した。

 原発に対する国民の不安が増す中、取り返しのつかない過酷事故を「想定外」で済ますことはもはや許されない。

 こうした厳格な姿勢こそ、司法に求められていたのではないか。

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