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「大震災からの新たな文学創造を」という大会スローガンを掲げ、未曾有の大災害に襲われた日本の現実に真向かって、我々はどんな文学創造をしていくのかが問われた大会でした。
全国各地から参加した会員、準会員の方々のたくさんの発言がありました。被災地の東北から来られた方もあり、災害からの復興、原発問題、ボランティアの在り方など、今まで直面してこなかった問題をどう考えていけばよいのか、私たちは何を訴え行動すればよいのかを問われているように感じました。
新人賞受賞式の写真をアップしました。
向かって左が新人賞のたなかもとじさん、
真中が佳作の私、右側が同じく佳作の豊村一矢さんです。
たなかさんと私は2007年に民主文学の文学教室に通い始めた
同級生。その後、創作専科に何度も学びながら、お互いに
励ましあいながら、文学修業を続けてきました。
豊村さんは北海道でやはり民主文学会の活動を通して
学ばれてきた方です。
「ルージュをひいて」は選評で、「ひたむきに生きる仕事への誠実さと生命に対するやさしさがあった」
と評価されつつも、人物の苦悩や喜びの内面に深く迫られていない、友情話に終わっているとのご指摘を
受けました。私自身、作品を振り返ってみて大きな課題として受けとめました。
医療、看護現場で働きながら、何としてもこの現実を多くの人々に伝え、仲間とともに
改善していかなくてはいけない。私の作品が少しでもその役に立てばと切に願いながら
学んできました。
思うように小説を書くことができなくて、先輩から厳しいご指摘を受けることもありました。
どう書けばいいのか、何を書けばいいのか、悩んで苦しんで落ち込みました。
そんな時、このブログを通して励まして下さった皆さんに
また書いて行こうという勇気をもらいました。
深く深く感謝しています。本当にどうもありがとうございました。
これからもぜひ、また私の作品を読んで頂き、ご意見をお寄せ下さい。
民主文学6月号に、新人賞の作品が掲載されています。ぜひお読みになって下さい。
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文学
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日本民主主義文学会第24回大会が、東京・港区芝の東京グランドホテルにて開催され、私は2日目の討論に参加しました。 |
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2011年5月3日(火)「しんぶん赤旗」 |
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2月25日の朝日新聞の記事です。多喜二の思いがこのDVD化で又一歩近づける様な気がしています。多喜二の生き様は凡人の私には到底超えられない崇高なものです。そして、戦前の天皇に名を借りた虐殺さえ平気で行なったあの時代に逆戻りする匂いが消す事が出来ない現代の不気味さを感じています。多喜二、そしてあの時代命を失っても離そうとしなかった人々の思いを再確認するにも絶好のDVDであると思います。でも価格が10万6千円…引越しの費用を少し詰めて購入しようと思案中です。 最後の「ラスク」というお菓子ですが、札幌のデパートで長蛇の列訳もわからず並び購入しました。そんなに有名なお菓子なのでしょうか?評判は上々でした。
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私は1月28日、日本民主主義文学会の「作者と読者の会」に参加し、「民主文学」掲載予定の「文学ニュース」原稿を書くことになりました。
日本民主主義文学会「民主文学」編集部宛送信した原稿は以下の通りです。
一月二十八日の「作者と読者の会」には、作者を含め十六名参加。澤田章子氏が司会し、稲沢潤子「斜面抄」(一月号)について小林昭氏が「弟へのレクイエムとして読んだ」と以下の通り報告。「良く計算された小説。弁天島の河口の濁流を読者に提示し、読者を落ち着かない気持ちにさせておき、物語が展開。脳に損傷を受け、十八歳までの命と医師に宣告された弟。その面倒を一生見ていくと決心していた私の心の揺らぎが描かれる。弁天島では『死ぬかも知れない』、箱根では『車いすを放して楽になりたい』との誘惑とたたかう。二つの斜面と福祉分野への新自由主義の人間観の導入とが連想される」と報告。参加者から「人間の心理を描いて、うまいなあと感じた」「私が死に向かっていく気持ちに共感できない」「斜面の認識を私が持たないのは、リアリティに疑問」「葬式の準備をする親の描写は不自然」「一見楽天的な吉冨の母と私との対比に共感」など活発な討論となった。作者は「深く掘り下げた小説を書きたいと思った。色々に読める小説を書きたいと思った。右遠俊郎『錦が浦でのこと』を読み、迫力を感じた。人生の恐怖、車いすに乗っている人の恐怖を書きたかった」と述べた。
吉開那津子「晩禱」(88枚)について、報告予定の平瀬誠一氏が体調不良で退席され、フリートーキングとなった。「アルコール依存もうつ病も、原因は社会病理だが、精神病の範疇」「アルコール依存が良く描けている。男は仕事をたてに家族の気持ちを考えない。生活者として自立していない。『すごいな』と思わせる描写が随所にある」「梅林での若い父親の気づきに救いを感じた」「『意思なんて強くなくたっていいんだよ』の表現は意味が深い。今までの日本人に対する反省だ」「頑張れば幸せになれると教育されたが、本当になったか」「人生って色んなことがあるなあ。大変な時代なんだな」「こういう終わり方があるのか、と感心した」「最初、そこに自分がいる気分になった。これは筆の力だ」などの意見が出た。作者は「タイトルは『夕べの祈り』の意。妻は夫に死なれても生きていかなければならない。私は、稲沢作品を『人生はそういうものだ』と考えて、レクイエムとは読まなかった。『斜面抄』は、事件より、ずっと後になって書いている。女は生きる力が強い。人生って分からない、と思う。『晩禱』で、息子の病気が父の依存症の救いになっている」と述べた。
日本民主主義文学会
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