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2011年1月24日(月)「しんぶん赤旗」
百合子の生涯 思いはせ東京 没後60年 文学を語る集い社会変革の意志に深い共感
作家・宮本百合子の没後60年を記念して「百合子の文学を語る集い」(日本民主主義文学会、多喜二・百合子研究会、婦人民主クラブ共催)が23日、東京都豊島区のみらい座いけぶくろで開催され、参加者は500人を超えました。
日本民主主義文学会・吉開那津子会長の開会あいさつに続き、作家の旭爪(ひのつめ)あかねさん、文芸評論家の岩渕剛さん、民主主義文学会準会員の松本たき子さんが鼎談(ていだん)。社会の発展とつなげて自らを高めていった百合子の生涯と作品を語り合いました。
音楽にも造詣が深かった百合子をしのぶ高木雄司さんのチェロ演奏(ピアノ・齋藤和音さん)の後、自分の生き方の根幹には百合子の作品があるという作家の朴慶南(パクキョンナム)さんが、「百合子さんと、今を生きる私たちをつなぐもの」と題して講演。
『貧しき人々の群』『十二年の手紙』『播州平野』の一節を引きながら、百合子の人間への信頼と未来への確信、社会変革の意志について、深い共感を語りました。平和と民主主義を求めて不屈にたたかった百合子と、朝鮮の歴史を重ね合わせ、韓国の民主化運動の中で歌い継がれる「アリラン」「朝露」を披露しました。
閉会あいさつに立った婦人民主クラブの櫻井幸子会長が、「平和とくらしが脅かされている今こそ、百合子から学び、活動していこう」と呼びかけました。
上記は赤旗の記事ですが、私もこの集会に参加しました。
日本民主主義文学会・吉開会長は開会あいさつで、この集会は「戦前の暗黒時代に生きる人々を正面から描いた宮本百合子の精神を学ぶための集会です。皆様も百合子の文学と語りあっていただきたい」と呼びかけました。
鼎談では、松本たき子さんは「この話があるまで、百合子の作品を読んだことがなかったが、読んでみて新鮮さを感じ、『伸子』の人生観が現代的で共感を覚えた。そして、1920年代の作品であることに驚いた。、『伸子』の母も時代の制約はあっても知的で進歩的だと思った。伸子は自分の成長を社会の発展と重ねあわせて見ており、模索の中から父への見方も変化しており、自分を成長させてくれる百合子の作品から刺激を受けた。もっと勉強しなければと感じた」と語りました。
旭爪(ひのつめ)あかねさんは、「学生時代に、百合子の日記を読んだ。批評に面白さと独創性を感じた。『伸子』の夫・佃と離婚に至る葛藤と自分を冷静に観察する自分に作家の目を感じた。性の場面にも描写の必然性があった。書かないと一歩も前に進めない作家がそこにいると感じた。母との葛藤は、自分が「稲の旋律」を書いているときは意識しなかったが、母と娘の葛藤には現代的な問題があると、今になって思った。百合子の作品の深さと、すべてを自分と社会の成長・発展の栄養にしてしまうためもがく姿を読み取った」と語りました。
進行役の岩淵剛氏が二人の話に巧みにヒントと裏づけ資料を紹介していた。
私は、丁寧にノートをとりながら、百合子の作品をもう一度復習しようと考えていました。
高木雄司さんはチェロ演奏の合間のコメントが参考になりました。特に、メンデルスゾーンはユダヤ人だったため、ヒトラーの時代にはその作品が演奏されなかったことや、カザルスの「鳥の歌」は、スペインのカタルニア地方では、鳥が「ピース、ピース」と鳴くと言われ、国連で演奏されて「平和の歌」の定番となったエピソードなどと、興味深くコメントをつけられました。
朴慶南さんの講演は圧巻でした。鳥取県生まれながら、家業は廃品回収業で、周囲には「貧しき人々の群れ」があったこと。随所に百合子の作品を引用しながら、日本と韓国との間の、それぞれの平和と民主主義へのたたかいの歴史を語りました。その確信に満ちた語り口にはオーラがあふれ、「アリラン」と「朝露」の歌声には感動させられました。
関連
日本民主主義文学会
朴慶南
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文学
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第二次世界大戦の後にできた「日本国憲法」は、
「戦争はもういやだ。不幸なことばかりだ。これからは平和に向かって、地球上の全人類が戦争をしないで生きていこう。」
という気持ちが高まっていたときに生まれたものです。その人類の前進の瞬間にできた憲法だということを忘れてはいけない。ですから私は、国民主権、基本的人権の尊重、永久平和の三つの柱を持つ「日本国憲法」は、世界史からの贈り物であり、しかも人類の最高傑作だと信じています。
しかし今、この平和主義を捨ててしまおうという動きが急です。国民主権、人権尊重、永久平和の三つの柱のうちの一つでも欠けると「日本国憲法」の構造が変わってしまう。それでいいのか。憲法というのは国民が国家に命令すること、法律は国家が国民に命令することです。ですから、憲法が法律に優越します。けれども、平和主義という大事な原理をなくしてしまうと、憲法の、つまり国民の命令の質が変わってしまい、日本国憲法ではなくなってしまいます。
世界史からの使命が、私たち日本人に課せられています。(井上ひさし) |
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「セピア色の写真」
これは、私の小説最新作です。
いずれ加筆して私のホームページに掲載します。
ブログを通じて交流のある「さゆりん」さんが、ご自分のブログで批評して下さいました。
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