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昨日は終戦記念日で、この日にふさわしい行動ということで家族で「少年H]を観た。
予想にたがわず、いや予想以上にいい作品だったので、ぜひおすすめしたい。
本年度日本映画のベストワンだろう。
水谷豊、伊藤蘭、そして原田泰造には何らかの賞を差し上げたい。
もちろん、長編で映画化が難しい原作を脚色した若い脚本家、そして何よりも降旗康男監督にも。
おけらは、この時代を体験し思いをもっている映画作家としては、降旗康男監督を置いていないと思っている。最後の人ではないか。
だから、「少年H]にはそういう方の作品としての期待があった。
水谷豊というテレビの推理ドラマでブレークした人気俳優をHの父親、その実際の連れ合いをHの母親に配した話題性もあってか、会場は満杯に近かった。
近来ないことである。中高年が多かったが若い人も散見され、嬉しい限り。
小説とテレビでオトコねえちゃんの挿話が何とも哀しく、戦争の何たるかを示していて
印象に残ったが、今回も早乙女太一という当代の人気女形を配して、これもなかなかだった。
「赤」として警察に追われる「うどんやのにいちゃん」に小栗旬。彼を見直すぐらい良かった。「Woman」の彼といい、柄にあった役でまたまた人気が高まりそうだ。
うどんやの二階の下宿で少年Hにひそかに藤原義江のレコードを聞かせてやるシーン・・・洋物のレコードを聴くだけで御用になる時代・・「きらめく星座」で井上ひさしが充分にそれを描いていたが文化と戦争は共存しない、そのことを雄弁に物語っていた。
中でも出色だったのは、原田泰造。お笑いグループの人だが、以前西山太吉さんのテレビドラマ(運命の人)で蓮見喜久子の夫を演じておけらを瞠目させてくれた人だ。
この作品でも出番は短いが、印象に残る。
軍事教官の狂気を見事に演じていて、怖いくらいだった。あれではHも遣り切れなかったろう。
Hを助ける教官に佐々木蔵之介、これははまり役。
ふたりの教官は、一方は質屋、一方は時計屋が本業。Hの父親も本業が立ち行かなくなり消防署員になるのだが、
これも戦争とはふつうの職人を無理やり戦場に駆り立てるものだ、と怖さを感じさせてくれる。そういえばクリントイーストウドの「硫黄島からの手紙」の「嵐のニノ」もパン屋だった。
それにしても、改めて昭和10年代はまだまだ職人や商人の時代であったのだ、と
再確認。そういう職人たちはどこへ消えた?
国村準、岸部一徳は、時流に乗った多くの日本人像をこれも鮮やかに演じた。少年Hでは「敵役」に結果的には見えるが、あの時代はまさにこれが
平均的な庶民の姿だろう。
「大川を大根が一本、二本、三本と流れされていく」という
澤地久枝さんに教えていただいた幸田露伴の反戦文を、国村らが演じた人物たちは
後世の「戦争をしらない世代」に具体像として伝えてくれている。
戦争は為政者や軍国主義者だけで遂行できない。それを熱烈に歓迎する
一般大衆が居て初めて成立する。そしてそれは「善意」の庶民たちで、決して悪人面をしてはいない。
そして水谷豊。温かく、知恵に溢れた父親像を、力まず見事に表出させた。
Hの父はアメリカ人やドイツ人の注文にもこたえる洋服職人だから、仕事の中で外国の文化を捉えていたし、
クリスチャンとして博愛精神はあり、差別を嫌う人間である。しかし、ふつうの人でもある。
そのふつうの職人の中に、Hのような人物が居たこと、それが妹尾河童という人に引き継がれ、いま、その父の思いを映画を通じて私たちに伝えられていること、
それも見事に父になりきった水谷豊の名演を得て・・・・これは奇跡に近いことだなあ、と思う。
蘭ちゃんも、立派だった。ちょっと単純だけれど愛情いっぱいの母親役を力演。
何よりもH役の吉岡君が、あの時代の子になっていたし、その友人たちとの挿話に涙した。
この映画では、Hのキャラクターが勝負みたいなところがあるから、彼を見つけたことは大成功につながった。
歴史を戻りさせようと、安倍首相はやっきになっている。
しかし、それはどうなのか?という「異議申し立て」に、この映画はなっている。
ご覧になった方は、おけらに同感してくださることだろう。
でも一番おけらが感心したのは美術。
CGやロケ、そして実際に大きなセットをつくりしながら、神戸の街を再現し、
それらを駆使しての神戸大空襲をまるでリアルに(実際100メートルのセットをつくばにつくり焼いたそうですから
その迫力はもしかしたら今井正もビックリ?)再現していたのだ。
このシーンを観るだけでも「戦争はやっちゃいけない!」とだれでも感じるはず。
安倍君に一番観てほしいものだ。
この時代の映画、ドラマを見るとき、いつも気になるのは、作り物感。
古びた感じもなかったり、
嘘が目立つ場合が多い。スタッフにその時代を知らない世代が増えていることもあるだろう。しかし知っている者には、これは無いなあと見えた途端、どんなに良いものでも、そこからしらけが始まってしまう。
町並み、家、家の中、家具、髪型、服装・・・その時代に生きていたわけではおけらもないけれど、それにしても、その髪型は無いだろう、などというのが結構たくさんあって、そのいい加減さに幻滅するのだ。
先日みた「終戦のエンペラー」の桃井かおりの髪型がそれで、この作品は薄っぺらだったし嘘ばかりの映画だったが、彼女の髪型という細部にそれが露見していた。
同じような時代を描いたこの二作品を比べると、内容、志、スタッフの力量、俳優・・・どれをとっても「少年H」が圧倒的にいい。比べるほうがおかしいか?
先方はハリウッド映画だから、金はかかっているのだろうが、志の高低に差が出た。
何しろ「少年H]は
近来にない感動作。
戦争はしちゃいけない、それを洋服屋さんの戦中、戦後を通じて見事に私たちに
伝えてくれる名作が誕生した、といいたい。
戦争で苦しみ、無残に死んでいくのはふつうの人びと、つまり私たちだ。
権力者の嘘を見抜く知恵・・Hの両親の持っていた叡智と愛を
私たちも受け継いでいきたいと切に思う。
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