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北海道 洞爺湖1710・1608

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周囲43km、中央に4つの中島を浮かべるカルデラ湖で、湖の南側には昭和新山や有珠山、洞爺湖温泉などがあり、道内屈指の観光地として賑わう。湖の中央に浮かぶ中島には野生のエゾシカが生息する。

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活火山として世界的に有名な有珠山、道内でも屈指の温泉地として知られる洞爺湖、その背後にそびえる729mの大有珠は、数々の噴火を経た 荒々しい岩肌を今も見せている。ロープウェイで山頂に着くと、2カ所の展望台があり、洞爺湖・昭和新山を眼下に見下ろす「洞爺湖展望台」、片道300m、歩いて7分の所に位置する「有珠火口原展望台」 からは、過去最大の噴火口が見られる。

有珠山は洞爺カルデラの南壁上にできた後カルデラ火山、その活動は2万年前頃に始まり、 まず玄武岩ないし安山岩質の溶岩や スコリアの噴火によって円錐型の成層火山ができ、 その後8,000〜7,000年前に山頂部が大崩壊を起こして、南麓に善光寺岩屑なだれが発生した。

有珠火山は最近300年間で7回も噴火を起こし、 1663年7月には2km3もの軽石を噴出し、火山灰は偏西風に流されて道東にまで至った。 このとき火砕サージも発生し、山頂に小有珠溶岩ドームが形成、1769年12月にも軽石噴火が有り、火砕流が発生した。 1822年1月と2月の噴火では比較的大きな火砕流(文政火砕流)が発生し、 南東〜西麓の森林を焼き尽くして周辺の家屋を消失させ、山頂ではオガリ山潜在ドームが形成された。 1853年3月の噴火でも軽石を噴火し、降下軽石・火山灰が東方に広がった。 火砕流も発生し、山頂部では大有珠溶岩ドームが出現、 1910年7月には、北麓で西北西〜東南東方向に2.7kmにわたって激しい 水蒸気爆発が発生し、全部で45個の爆裂火口ができた。 このときは北麓で明治新山が形成され、その形成直後から洞爺湖畔で温泉が湧きだすようになり、 この温泉を利用して現在の洞爺湖温泉ができた。
1943年〜1945年の噴火では有珠山の東側で隆起が始まり、そこから溶岩が顔を出して標高406.9mの 昭和新山が生じた。 この溶岩ドームの成長過程は戦後末期の混乱期であったにもかかわらず、地元郵便局長の三松正夫氏によって詳細に記録され、 三松ダイヤグラムとして世界中に知られている。

1977〜78年の噴火でも大量の軽石や火山灰を降下させ、1977年11月から78年10月にかけては水蒸気爆発やマグマ水蒸気爆発が多発し、 山頂では有珠新山が形成された。 この噴火がおさまった後に、泥流が洞爺湖畔を襲っている。

2000年3月31日に、マグマ水蒸気爆発が有珠山の西側山麓で始まった。 予想外の場所で起きた噴火活動と地殻変動が国道230号線を寸断し、 いくつもの火口が生じて西側山麓一帯の建造物は破壊され、 植物は吹き飛ばされ、泥流も発生し、一時は付近住民全員が避難生活を余儀なくされたが、 2000年7月末に北西山麓を中心とする地盤の隆起はほぼ停止し、噴火活動は沈静化に向かった。現在、西山火口周辺には遊歩道が整備されて多くの観光客で賑っている。

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活火山として世界的に有名な有珠山、道内でも屈指の温泉地として知られる洞爺湖、その背後にそびえる729mの大有珠は、数々の噴火を経た 荒々しい岩肌を今も見せている。ロープウェイで山頂に着くと、2カ所の展望台があり、洞爺湖・昭和新山を眼下に見下ろす「洞爺湖展望台」、片道300m、歩いて7分の所に位置する「有珠火口原展望台」 からは、過去最大の噴火口が見られる。

有珠山は洞爺カルデラの南壁上にできた後カルデラ火山、その活動は2万年前頃に始まり、 まず玄武岩ないし安山岩質の溶岩や スコリアの噴火によって円錐型の成層火山ができ、 その後8,000〜7,000年前に山頂部が大崩壊を起こして、南麓に善光寺岩屑なだれが発生た。

有珠火山は最近300年間で7回も噴火を起こし、 1663年7月には2km3もの軽石を噴出し、火山灰は偏西風に流されて道東にまで至った。 このとき火砕サージも発生し、山頂に小有珠溶岩ドームが形成、1769年12月にも軽石噴火が有り、火砕流が発生した。 1822年1月と2月の噴火では比較的大きな火砕流(文政火砕流)が発生し、 南東〜西麓の森林を焼き尽くして周辺の家屋を消失させ、山頂ではオガリ山潜在ドームが形成された。 1853年3月の噴火でも軽石を噴火し、降下軽石・火山灰が東方に広がった。 火砕流も発生し、山頂部では大有珠溶岩ドームが出現、 1910年7月には、北麓で西北西〜東南東方向に2.7kmにわたって激しい 水蒸気爆発が発生し、全部で45個の爆裂火口ができた。 このときは北麓で明治新山が形成され、その形成直後から洞爺湖畔で温泉が湧きだすようになり、 この温泉を利用して現在の洞爺湖温泉ができた。
1943年〜1945年の噴火では有珠山の東側で隆起が始まり、そこから溶岩が顔を出して標高406.9mの 昭和新山が生じた。 この溶岩ドームの成長過程は戦後末期の混乱期であったにもかかわらず、地元郵便局長の三松正夫氏によって詳細に記録され、 三松ダイヤグラムとして世界中に知られている。

1977〜78年の噴火でも大量の軽石や火山灰を降下させ、1977年11月から78年10月にかけては水蒸気爆発やマグマ水蒸気爆発が多発し、 山頂では有珠新山が形成された。 この噴火がおさまった後に、泥流が洞爺湖畔を襲っている。

2000年3月31日に、マグマ水蒸気爆発が有珠山の西側山麓で始まった。 予想外の場所で起きた噴火活動と地殻変動が国道230号線を寸断し、 いくつもの火口が生じて西側山麓一帯の建造物は破壊され、 植物は吹き飛ばされ、泥流も発生し、一時は付近住民全員が避難生活を余儀なくされたが、 2000年7月末に北西山麓を中心とする地盤の隆起はほぼ停止し、噴火活動は沈静化に向かった。現在、西山火口周辺には遊歩道が整備されて多くの観光客で賑っている。

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洞爺湖では、近年人気を集めているのが洞爺湖ロングラン花火大会。毎年4月下旬〜10月末まで約半年間に渡って開催される。

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周囲43km、中央に4つの中島を浮かべるカルデラ湖で、湖の南側には昭和新山や有珠山、洞爺湖温泉などがあり、道内屈指の観光地として賑わう。湖の中央に浮かぶ中島には野生のエゾシカが生息する。

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