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天橋立,京都,大津,奈良長谷寺

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京都市左京区の「哲学の道」とは一風変わった名前だが、この道は近代日本の代表的な哲学者・西田幾太郎や経済学者・河上肇などがよく歩き、思索にふけったことから命名された、といわれている この小道は銀閣寺参道に架かる銀閣寺橋から、南へ琵琶湖疏水の支流に沿って上り、若王子町までの全長 1.6キロの散策路として、市民や観光客らに親しまれている。
 この琵琶湖疏水の支流は南から北へと流れているが、大津から京都まで疏水が開通した明治23年(1890)、京都の北部地域の灌漑 (かんがい) 用水路として開削された。道沿いには様々な花が植えられ、特に桜の季節は素晴らしい。

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清水寺から京の坂道として知られている石段と石畳の二年坂・三年坂を下って清水参道へ・・
清水寺から高台寺に至る道すがらには、骨董品、清水焼、竹細工、甘党などのお店が並んでいて一軒一軒のぞきたくなるようなお店ばかりです。

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清水寺は、京都を代表するお寺のひとつ。平安朝以来“清水(きよみず)さん”で親しまれてきた観音信仰の霊場で西国三十三所めぐりの第16番の礼所にもなっています。
伝承によれば、宝亀9年(778)、延鎮上人が観音の夢告により開山し、この延鎮上人に帰依した坂上田村麻呂が(蝦夷征討に戦功をあげ征夷大将軍に任じられた平安初期の武人)延暦17年(798)に十一面千手観音立像を安置すために仏堂を建てたのが始まりとのことです。
本堂は「清水の舞台から飛びおりたつもりで・・・」という言葉でも有名な舞台造りで、139本の巨大な柱の組合せに支えられて断崖の上に建っており、さすがに高く下をのぞくとぞっとします。この本堂の裏手が“えんむすびの神さま”として若い女性に人気の地主神社になります。本殿前に左右の守護石で「めくら石」という一対の石があり、一方の石から一方の石へ目を閉じたまま歩くことができれば、恋の願いが叶うといわれています。思わず試してみたくなります。
清水さんへの参拝には、八坂神社から高台寺、白い土塀の続く高台寺下の道を通って、京の坂道として知られている石段と石畳の二年坂・三年坂を上って清水参道へ・・
高台寺から清水寺に至る道すがらには、骨董品、清水焼、竹細工、甘党などのお店が並んでいて一軒一軒のぞきたくなるようなお店ばかりです。

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臨済宗南禅寺派の本山。1291年(正応4)亀山上皇の離宮を賜り、無関普門(大明国師)が開山。室町時代は隆盛を極め、「五山之上」に列せられた。応仁の乱で焼失した伽藍を‘黒衣の宰相’といわれた以心崇伝によって復興。境内には勅使門、三門、法堂、方丈の伽藍が一直線に、その周辺に12の塔頭が並ぶ。三門(重文)は、藤堂高虎の寄進。方丈(国宝)は、大方丈と小方丈に分かれ、大方丈は御所清涼殿を、小方丈は、伏見城殿舎を移築したと伝えられる。小方丈の襖絵、狩野探幽筆「水呑の虎」は名高い。大方丈の前庭(名勝)は小堀遠州作の「虎の子渡し」と呼ばれ、江戸初期の代表的な枯山水庭園として知られる。

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高台寺は、豊臣秀吉の菩提を弔うために北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号しました)が建立した寺で、北政所の生活を彩った様々な蒔絵の調度品や絵画、その他の美術工芸品が残されていることから、蒔絵の寺として知られています。
正しくは高台寿聖禅寺といい、慶長11(1606)年に開創されました。そして寛永元(1624)年に建仁寺の名僧、三江紹益和尚を開山と迎え、高台寺と号しました。
造営に際しては、徳川家康が当時の政治的配慮から多大の財政援助を行ったので、壮麗をきわめたといいます。しかし、寛政元(1789)年以降、幾度かの火災に遇い、多くの堂宇を失いました。現在もなお残っているのは旧持仏堂の開山堂と霊屋(おたまや)、傘亭(かさてい)、時雨亭(しぐれてい)、表門、観月台などで、これらは国の重要文化財に指定されています。
高台院ゆかりの品々は、高台寺の道向かい、京・洛市「ねね」の2階にある高台寺「掌(しょう)美術館」で展示公開されています。

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