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人間の「徳」と云うものは、能力でも腕力でも知力でもない。 それは内在するその人の身についた善業である。 その人の身についた善業はおのずから善き雰囲気となってあらわれ、 何事を成さずとも、唯その人がいると云うだけで、 周囲の人々に大なる感化を与え、周囲の人々を幸福にすることが出来るのである。 大事業をする人、大政治家、社会事業家など、いずれも素晴しい人々ではあるが、 それらの人々は仕事の大いさによって人々を救うのである。 勿論、かくの如き人々が世を救う力は大であるが、 唯、天皇がましますことによって、日本国の平和の度がより多く保たれるとうが如きは、 能力の力によらず、智慧の力によらず、仕事の力によらず、 天皇の徳の然らしむる処である。 谷口雅春師 『真理』 第8巻 信仰篇
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今日の言葉
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2015年11月19日 13時49分 J-CASTニュース 一部の作家や評論家からなる組織「放送法遵守を求める視聴者の会」は、2015年11月14日付の産経新聞朝刊と、同15日付の読売新聞朝刊に、ジャーナリストで毎日新聞特別編集委員の岸井成格氏によるテレビ番組での発言に対して抗議する意見広告を掲載した。 抗議の対象は、岸井氏自身がキャスターを務める報道番組 「NEWS23」(TBS系) の2015年9月16日放送回で語った 「メディアとして (安全保障関連法案の) 廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」 という発言。 安保法案は放送から3日後の9月19日、参院本会議での採決を経て成立している。 意見広告は新聞の1ページを全部使い、放送法第4条の 「政治的に公平であること」 「報道は事実をまげないですること」 「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」 という規定を挙げ、岸井氏の発言を 「重大な違反行為」 としている。 同番組についても、安保法案の賛成派、反対派双方の意見を報じた他局番組と比較して、「法案反対側の報道のみに終始しています」と指摘。 「偏向報道というよりも、国民の知る権利を蹂躙するプロパガンダであって、報道番組とはみなし難い」 と非難している。 同会は作曲家のすぎやまこういち氏、歴史学者の渡部昇一・上智大名誉教授、タレントのケント・ギルバート氏、経済評論家の上念司氏ら計7人が呼びかけ人となって、15年11月に結成された。
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産経新聞 2015.11.18 15:43更新 和歌山県太地町で行われている捕鯨の現場を描いたドキュメンタリー作品『Behind “THE COVE”(ビハインド・ザ・コーヴ)』が来年1月30日から東京都新宿区の映画館 「K’s cinema」 で上映される。 一般映画館での上映は初。 ビハインド・ザ・コーヴは、同町のイルカ猟を批判的に描いて米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞した米映画 「ザ・コーヴ」 を念頭に、映画監督の八木景子さん(48)が反証映画として制作。 ザ・コーヴの監督や主要登場人物へのインタビューなどを通じて、反捕鯨団体シー・シェパードの実態に迫るとともに、捕鯨と深く関わってきたベテラン漁師や日本政府の交渉担当責任者も登場する。 今年8月にカナダで開催された第39回モントリオール世界映画祭にも出品された。 八木さんは 「捕鯨に関していろいろな主張があるのは当然だが、賛成派にも反対派にも映画をみてもらい、何かを感じてとってもらえれば」 としている。 八木さんは今後、全国でも順次、映画を上映する方針。 同映画を配給する八木フィルムは上映を希望する映画館を募集している。 問い合わせは八木フィルム((電)090・4120・4321)。 |
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誰でも世界に平和が来り、人類互いに殺戮し合うことなく相睦びて相互繁栄が実現することを希わない人はないであろう。 私たちは地上に天国の平和が実現するよう、神想観をして実相の平和が地上に天降り来りつつあることを想念に描いて祈らなければならない。 白鳩会の人たちだけが率先して世界の平和を祈るだけではなく、この平和運動の同志を全世界にひろげなければならないのである。 外に大きくこの祈りによる平和運動を展開すると共に、内に自分の心の中に平和を確立しなければならない。 自己の心の中に神の愛を充たせよ。 神の平和を充たせよ。 若しあなたの心の中に神の平和が充たされないで、争いや、不平や、不調和がまだ残存しているならば、先ずあなたは神想観中に 『自己の心の中に神の平和と調和とが充満して、自分全体が神の平和と調和に融合してしまっている』 姿を霊視して、 自己の内に神の愛と平和と調和を確立しなければならぬ。 谷口雅春師 『白鳩』
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「繁栄」とは、別に金銭問題に限った事ではないのであって、人生全般に関して真の意味での「豊かなる生活」を送ることでなければならない。 しかし、普通「無限供給」とか「繁栄」というと、経済的な問題が自由自在になることが先ず第一に思い浮かべられるであろう。 それも勿論大切なことであって、「神の子」たる人間が「貧しく」シミッタレた生活をしなければならぬという道理は全く無いのである。 繁栄の原理は全く精神的なものであって、物質を巧智によって盥廻しすることによって得られるのではない。 古来聖典類は多数あるが、それを死文化してはならないのであって、日常生活に生かして霊的啓示を汲みとらなければならない。 古典を生かすも殺すも、みな読者の心の中にある。 霊的啓示なくして霊的啓示を読むことは出来ないのである。 又これを実生活に応用するにも、霊的に高められた魂を必要とするのである。 千万円使うには千万円使う能力がなければならず、百億円を自由に使うには百億円を使うだけの力が養われていなければならない。 3歳の童子に1億円の金をやる親はいない。 されば神は、いかに人類を愛していても、3歳の童子の如き人間には「無限供給」を与えるわけにはゆかぬのである。 先ず内的に高まらなければならない。 さすれば外物は自ずから整うのである。 谷口 清超 『豊かなる富への鍵』
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