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奈良と言えば、鹿さん。。
ここは、鹿さん優先の場所です。
鹿さんがたくさん。
つぶらな瞳。。かわいいね
タズは小学校時代、奈良へ遠足に行った時の話
あの頃の鹿さんは
生徒のお弁当を食べてしまったり。怖かったな。。
ひょっとしたら、思いすごしかな。。
お弁当は食べてなかったかも知れないけど。。
奈良へ遠足に行くのがイヤだった。。
奈良公園の鹿さんは、春日大社の神の遣いだから
お弁当を食べられても誰もも文句は言えません 今の鹿さんは、鹿せんべいだけ食べて
お行儀よくなっています。
特別公開は20年に1度なのだそうです。
6月末まで。
磐座(いわくら)が初公開されているって話。。
何のことかよくわからないけど
太古の人々が崇拝していたものは
どんなものだったのか、気になる。。
若い人も大勢来ていました。
ものすごい人・人・人。。
今年は60回目の御造替で、節目の年にあたります。 今回の一般公開は、スペシャル感が満載なんですって。。
もう少し待ってね。。
めでたい時に春日大社での結婚式
女の子の後ろをついて
やっと到着
朱色が眩しい。。
しかし本殿の中は撮影禁止
○国宝御本殿特別公開 ここの御本殿がある内院は
神々様がお鎮りになる神聖な場所であり
古来から皇族と神職者以外は、
立ち入るころが固く禁じられている場所
○後殿(うしろどの)特別参拝
明治維新以来、初めて御本殿の背後にある後殿を特別公開
140年ぶりの開聞
しかも御本殿創建に関わる神秘の石。
磐座(いわくら)は初公開
春日大社に伝わる文書、絵巻にも記載がない
謎の石なんですって
実際にみた御本殿感想。。
第一殿から第四殿まであり
それぞれ漆喰の壁に絵が描かれている
また御本殿の下の土地を水平にせず 緩やかに傾斜しているまま建てられているのは 土地の神様への配慮らしい 実際に見た磐座。。
水晶のような形の石
想像よりも小さかった。 漆喰が塗られているなんて大変意外
なんとも不思議な石。
詳しいことが知りたい方は、読んでみてね
6月末までの公開です。
ここは高野山のように、 一歩、参道へ入ると空気が変わります
霊感がない人でもちょっと緊張するかも。
お時間のある方は行ってみてね。。
*:..。o○☆。*゚゚・*:○☆゜*:..。o○☆*。*゚゚・*:○☆゜
余談ですが。。
それにしても、ここまで外国人が多いとは思わなかった
大阪・難波〜心斎橋あたりは
ほとんど外国語の街になってしまっている
関空の外国人客数、日本人を「逆転」
関空を拠点にするピーチなどLCCが相次いで就航し
またビザ緩和後押し
前年同期比31%増の約321万人と過去最高となり
日本人旅客数(約317万人)を上回ったんですって。 韓国の問題で、これからもっと増えるらしいね。
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奈良・散歩写真の部屋
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詳細
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日本一の桜の名所として知られる吉野山
吉野山は時代を越えてさまざまな歴史の舞台となった場所
冬になると真っ白な雪景色のなかの静寂 誰も訪れる人がいない。。
山々もひっそりとしている。 春の賑わいとは、全く違う 後醍醐天皇の足跡を辿って、
吉水神社(世界遺産)へ
ここは、
政権争いに夢破れた後醍醐天皇が、吉野に逃れて朝廷(南朝)を開き、
南北朝時代に後醍醐天皇の皇居があった場所。
豊臣秀吉が催した盛大な花見の場所でもあります。
ソメイヨシノも、この吉野から取った名前なんでしょう
京に帰る日を夢見ながらこの地で生涯を終えた後醍醐天皇
今に至るまで保存されている後醍醐天皇の玉座。 ここまで近くで見ることができたら圧巻です
タズは、こんな金ピカピカのお部屋にいたら落ち着かないんだけど
一度でいいから座ってみたい。。 また、ここは兄の頼朝に追われた源義経が、
静御前と弁慶と共に都落ちした後、身を隠した場所 吉野から逃れる際に、
これから超えなければならない大峰山は女人禁制のため
静御前はここに留まらざるを得なかった。 静御前は愛する義経のために舞を披露し、それを見て涙を流した義経 二人は冬の吉野で別れ、二度と会うことはなかった・・・。 義経・静の悲恋の物語の場所がここ 恋物語を肌で感じたいなら、吉野へは冬に行ってほしい
なんとなく子供の頃に歴史で勉強した記憶が
よみがえってきたでしょう
関西って歴史が豊富なんだな〜って
つくづく思います
南朝に関する資料は日本随一といわれています。
読めない。。
読めますか?
日本最古の住宅建築。。まさに、世界遺産
吉水神社は元は金峯山寺の格式高い僧坊でしたが、
明治の神仏分離によって神社となりました。
ここは下千本の 金峯山寺蔵王堂(国宝)
東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築
吉野山は後醍醐天皇ゆかりの地
京を追われて吉野山に逃げてきた時 道中、灯りで天皇を導いたのが、ここなんですって
如意輪寺山門。。
ここには後醍醐天皇陵がある
タズが吉野へいることをラインで送ったら
今は高野山の近くに住んでいる中学校時代の同級生が
駆けつけてくれた。。
帰りは一緒に食事。
やっぱり友達っていいもんですね
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なんだか難しい記事で、自分でも書いていて良くわからない(笑)
コメントできないかも・・ タズの素朴な疑問を・・
世間でよくいわれる「大人の色気」「男の色気」 なんとなくイメージはわかるけど、
やっぱり男性だから、男の色気って良くわからない 成人式も終わったし。。 まだ新成人に男の色気って無いと思うが みなさんは、どんな所に男の色気って感じますか? |
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「治療」待つ壁画がずらり
〜高松塚、修復作業を公開〜
1300年前に描かれた極彩色の壁画
国宝・高松塚古墳の壁画
発掘後、急速に劣化が進み 石室内部保存を諦め
今は温度・湿度が一定な特別室で修復作業が進められている
飛鳥美人は石室内面に塗った
厚さ3mmの「漆喰」の上に描かれている
この漆喰の上っていう表現
タズには 永遠の謎であった。
実寸サイズの高松塚壁画パネルは 見たことがある。
パネルには 石の上に直接描かれていて
漆喰の様子まではわからない。
高松塚古墳壁画。飛鳥美人の修復作業を公開。
ワクワクして行ってきました。
修復場へ入るまで 古墳内部・保存方法、
壁画の修復過程など 勉強会を受けてから入室
厳重な警備 身分証明証の確認
部屋内は撮影不可
各班10分だけの持ち時間
石の上3mmに塗られた漆喰
初めて見た飛鳥美人
原寸大パネルでは、絶対に分からない立体感。
1300年もの 太古の昔に描かれた壮大な壁画
「これが本物の飛鳥美人の壁画なんだ」
まばたきするのが、もったいない程。 あまりの美しさに鳥肌がたってしまった。
一般公開までは、まだまだ相当な年月がかかるんだろう。
甦れ。飛鳥美人。
パンフレットから転写
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①〜⑤はネットから抜粋
①高松塚壁画内部。分割パネル
飛鳥美人の名で親しまれている女子群像は、
西壁のもっとも北よりに描かれている
四人の女子が黄、桃、赤、緑の衣装を身にまとい、
左右思い思いも方向を向いている
黒く長い髪は首の後ろで束ねられている
肌には淡い桃色、唇は鮮やかな赤である。
東壁のもっとも北よりに描かれている四人の女子群像
四人の頭が近い関係。。
東壁、西壁にはそれぞれ四人の男子群像が描かれている
発見当初から多くの部分が失われていて残念
亀と蛇が描かれていたであろう中心部分は、
大昔に盗掘にあったため、漆喰ごと失われている
北壁の玄武は北方の守り神
東壁
南壁
西壁
②最初は極彩色豊かな壁画であった壁画
だんだんとカビは進行していった。残念である。
③壁画パネル。実寸サイズの大きさ
④高松塚古墳
⑤カビが生えないようにこのように、厳重に保存していたんだ
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さて、いつもの散歩
なんだか、これも古墳に見えてくる。
7〜8月は猛暑・天候不順で あまり散歩してない。
飛鳥から橿原神宮駅まで、いい運動。
久しぶりに散歩した気がする。 食欲の秋・オシャレの秋も近い。。
今の食事、運動は 半年後の自分の体型と言われている
健康のために 歩かなくっちゃ
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西国霊場第六番札所 壺坂寺
天武・持統陵・飛鳥寺・高松塚古墳・キトラ古墳など、
皇族に関係する古墳が多く点在している飛鳥 その飛鳥駅の1つ先、壺坂駅下車 歩いていくには ちょっと遠い。 ここは眼病封じの寺。 目の観音様として広く信仰されている。
『枕草子』『今昔物語集』にも登場 壺阪寺はインドと深い交流があり、
インドから贈られた巨大な石仏がたくさんある。 寺の斜面にそびえる、高さ20mの白い大観音石像
遠くから見たら、コンクリート製かと間違ってしまうほど
真っ白なインドの石で作られた大観音石像 高さは20m。 7万人のインドの石工が作業に参加し
あまりに巨大過ぎるため 巨石を66個に分割 。 日本に運ばれてから 組み立てられた巨大石像
千手観音
手を合わせているのは、善賢菩薩
新しい石仏たちが多い中、古い菩薩に一目惚れ
天竺渡来 大石堂(納骨永代供養堂)
天竺渡来佛伝図レリーフ「釈迦一代記」
高さ3m、長さ50m
5万人のインドの石彫師の手で彫られた 大迫力だ。 半分だけ写した三重塔 国指定重要文化財
明応6年(1497)再建 堂内に祀られた 木造仏像の数々。
平安時代〜鎌倉時代〜室町時代にかけて 如来像や立像、坐像 は必見
ここは残念ながら撮影できない。
境内には、そのほかに 天竺渡来大観音石像の前にある全長8mの大きな「寝大仏」など
巨大な石仏が数多くある
石仏・お堂など、興味のある方は見てね
インドとの交流によって境内に置かれた、たくさんの大仏たち
しかし・・
すべてが新しすぎて。。。
タズには撮影できなかった。。
ここで、不思議に思った方がいると思います
インドの石彫師の手で彫られた数多くの巨大な石仏たち
わざわざ分解してまで日本へ運ぶ必要があるのだろうか?
ここは飛鳥の地、
邪馬台国があった場所か? といわれているところ
飛鳥は、奈良の大仏よりもっと前の話の場所
そこまで巨大である必要あるのか?
何体もの大仏さんが必要なのか?
凡人のタズには理解できない・・ 飛鳥の地にありながら、
古代日本を感じることができない不思議な場所 最後に 言えるのは
奈良らしくないお寺である。 |
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平城遷都に伴って、西の京へ移築された
薬師寺の前進にあたる場所
昔はここに薬師寺があった
この跡地に咲いている、ホテイアオイ
いつか撮りたいって思っていた。
夏から秋にかけて
ホテイアオイの咲く古都奈良
撮影し始めたら、急に空が真っ黒。
「ゲリラ豪雨?」
「これはヤバイかも?」
慌ててカメラを閉まって、避難しようとした矢先
バケツを引っくり返したような豪雨。落雷。
まだ何も撮影してない。。数枚撮っただけ。。
「弁当忘れても・傘忘れるな」っていう言葉がある
カメラバッグには、レインウエア・傘・着替えも1組み
雨対策・夏対策はバッチリだあったはず・・
今年の豪雨にはマイッタな〜
傘もレインウエアも役に立たない
機材が濡れなかったのが、せめてもの救い
疲れ果て、大阪に帰宅したら
今度はタズの住んでいる北摂地域がゲリラ豪雨。。
ゲリラ豪雨にたたられた日曜。
何しに、2時間もかけて明日香あたりまで行ったのか・・
悲しくなってしまった
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