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荒平城を後にして目指すは大宰府。 と言いたいところですがなぜか脊振に登って、降りてくる途中無性に腹が減って、今日は都合によりかあちゃんのにぎりめしがなかったので脊振を少し降りた所のとうふのお店で昼食。 メニューは一品限りの千円の豆腐の定食(豆腐三昧、精進料理、肉のにの字も無い、殆んど豆腐のナントカ、でもちょっとうまかった)を食べて、これはちょっと急がんといかんなーと思ってショートカットを狙ったら、、 いのししトラップ発見。 当然この先まで行ってみましたが段々道が小さくなって消えた。。 後戻りして大宰府を目指します。 水城に到着。 600年代に作られた堀の跡です。堀なんで近くで見てもおぼろげに堤の形がわかるくらいです。 次に、、 大宰府政庁跡に到着。 ここを大陸からの反撃者?から守るために水城は作られたのでした。 次にめざすのは後の山の上の山城跡です。 途中の太宰府天満宮を過ぎてちょっといって赤い橋を左に10分ほど登れば岩屋城址の入り口に到着。 バイクを止めてここからほんの1分ほど歩きます。 こんな感じの道。 すぐ岩屋城址に到着です。 何で嗚呼壮烈なのか?興味のある人は自分で調べてくださいね。 上のヒント、説明文です。 ヒントも何も玉砕って書いてありますね。 ここも山城なんで小さく狭いです。 さて次はここからすぐの大野城市の名前のルーツ大野城跡をめざします。 バイクで2〜3分位で到着。大野城跡。こちらは規模が大きいです。 現在の見た感じも戦国時代の山城の作りではありません。 先ほどの岩屋城築城から遡ること900年前、大宰府を守護するために作られたそうです。 それでも城壁が残っています。ここは次の写真の正門の横。 こちらが正門。多分立派な門構えだったんでしょう。 最後のこの写真は岩屋城あたりから水城方面を見た写真です。 よこ方向にJRの電車が走って途中で切られていますが上から見たら何をしたかったのかが判ります。 白村江の戦いに敗れてから作ったと言われていますが上から見たら作りたくなる位置にあります。 博多湾から敵が来たら水城でまず防御。さらに大野城に陣を築いて大宰府を強固に防御。 旧跡とかいったら結構想像が膨らみます。。 最後におまけ その3へ
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高校時代通ってましたね。ここの峠
懐かしいです。。。。
今はバイクで走る人いなくなりました。
ここの頂上にホットドックやさん(今は南畑ダム)がいて、いっぱいバイクが集まってましたよ。
2008/3/4(火) 午後 0:30 [ よしぞー ]
あのホットドック屋さんは元は違うところだったんですね。
この前も息子のCRMと一緒にホットドック食べました。。
でも峠って板屋ですか?大宰府のほうですか?
2008/3/4(火) 午後 9:53
すみません。大宰府のほうです。。。
でも、南畑の上の方にもバイクがいっぱい集まってましたよ〜
2008/3/11(火) 午後 0:47 [ よしぞー ]