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≪今日は何の日≫というような便利なサイトが複数あり、重宝している。本日も、≪1912年7月30日-明治天皇が崩御し、大正天皇が践祚。同日、元号を明治から大正に改元。≫と教えてくれる。よって、同日から大正時代に入るので、明治時代は前日、1912年7月29日までかと思いきや、≪明治45年は7月30日まで。同日より大正元年。≫と明記するサイトがある。 つまり、明治45年7月30日=大正元年7月30日と認められているようだ。改元の勅令発布の瞬間を境にして使い分けるほど神経質になる必要は無いらしい。昭和は1989年1月7日まで、平成は翌8日からとなっているのは混乱が無くて善い。
しかし、元号は使わなくて済むのが、もっと善い。もともと必要の無い元号制度である。お役所文書では、元号で日付を記入させる様式を国民に押し付けて、元号の温存を図っているのだが、実益が認められないのは、当方の頭の鈍い所為か。今年は昭和何年か、などというクイズを可能にする効用はある。
折しも、天皇の生前退位が議論になっている。本人の希望に任せるのが望ましいと思うが、政府は反対のように伝えられている。法制上の困難を持ち出しているようだ。法制が不都合ならば改正すればよい。憲法でさえ改正しようと張り切っている政府にとっては簡単な事だろう。
それなのに、生前退位に否定的であるのは、要するに反対ということだ。終身天皇制という現行の慣例を破りたくないのかも知れない。大掛かりな儀式が一つ増えることを嫌っているのかも知れない。費用もバカにならないことだろうから、財政再建の旗を降ろしていない政府としては、確かに頭の痛い問題かも知れない。
ところで、今日の歴史上の出来事を見ると、戦争関連で2件(当方には)目立つものがある。ウィキペディアから引用する:
ブラック・トム大爆発(BlackTom explosion)は1916年7月30日にアメリカ合衆国ニュージャージー州ジャージーシティで発生した爆破事件。軍需物資が第一次世界大戦の連合国側諸国に輸送されるのを阻止するための、ドイツの諜報員によるアメリカ合衆国の弾薬供給に関する破壊活動であった。 1945年7月30日- 第二次世界大戦: 日本の伊号第五八潜水艦が、7月26日にテニアン島へ原子爆弾を運んだ後のアメリカの巡洋艦インディアナポリスを撃沈。
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敵潜水艦の魚雷攻撃を避けるために行われるジグザグ運動を怠ったのが過失有罪となった。ジグザク運動をしていても複数の潜水艦で2ヶ所から攻撃されたら仕方がありませんがこの例では1隻の潜水艦であり回避できた可能性がありました。
終戦直前の日本海軍なら燃料油もなく最短の直線航路を取ることもあったでしょうがすべてに余裕がある勝利目前の米国でした。
艦長がルールを守らずに結果として900名もの将兵が死亡したようです。
2016/7/31(日) 午前 6:50
Yumeji さま コメント有難うございます。戦闘の実際については全く解りませんが、米館長は何故ルールを守らなかったのでしょうか。注意する部下もいなかったのでしょうか。勝利目前で油断したのでしょうか。不思議です。
2016/7/31(日) 午前 8:16 [ yha*rym* ]
わたしもどうして回避のイロハ(ABC)であるジグザグ航法をしなかったんだろうと興味がわき軍事裁判の概略を調べてみました。
命令はしていたが具体的な条件を示していなかったようですね。
「日中は継続してジグザグを行ったが、夜になって天候が崩れ、海が荒れだしたため、潜水艦に発見される危険性が薄れたと判断し、通常走行を命じた。しかし交代する前に、天候が回復すれば再びジグザグを行うよう命じた」(艦長は魚雷攻撃時には仮眠中)
魚雷攻撃は24:00頃で視界はすでに回復していたが月光下に直進しておりジグザク運動は実施されていなかった。また、見張りも魚雷を発見できなかった。
艦長は視界が何キロの段階になったらジグザグを行うか具体的には示さず部下の判断に任せていた。
また、安心していたのか夏で暑いのでほとんどの甲板にある防水扉は開いたままにしてあった。
艦長が有罪になったのは海軍内部のいろいろな思惑もあったようです。しかし、リーダーたる艦長がが基本的なジグザグ運動開始の条件を具体的に指示をせず、月光下で視界良好な夜間に艦が直進して潜水艦の餌食になったのは事実です。
2016/7/31(日) 午後 3:49
Yumeji さま 御調査の結果を詳しくご教示頂き、恐縮です。艦長たる者、最終的には全責任を負わねばならないのでしょうね。厳しい世界です。それにしても、随分その方面にお詳しいですね。
2016/7/31(日) 午後 5:30 [ yha*rym* ]