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青木俊/著「潔白」(幻冬舎 2017.7)を読んだ。字体が大きく、字数も少なめなので、一晩で足りた。新聞の書評欄で見掛けたか何かで図書館から借りたものだが、書評に取り上げられた理由は、例によって忘れた。
何故か漠然と、ノンフィクション或いはドキュメンタリー(両者の違いは知らない)の類いだと思って読み始めた。出来事の年月日に伴う当日の気象データを習慣的に確かめた。意外にも、気象庁の観測記録に整合しなかった。例えば:
≪2017年3月20日 春分の日〜小樽は激しい降雪で、気温は氷点下12度に〜≫とあるが、記録では最低気温「0.0(℃)」で、降雪は無い。
一方、≪26年前の3月15日。小樽は〜激しい雪で、気温は氷点下6度まで下がり、積雪はすでに、子供のひかりの肩の高さを超えていた≫とあるところは、観測記録に合致する。
この疑問は終盤に解けた。本書はフィクションだったのだ。≪2017年6月22日。三村ひかりのバーを訪ねた翌日のこと〜≫と述べられている辺りで気付くべきだったが、太文字の≪平成三十年〜≫で漸くフィクションであることを覚った。
まえがきも、あとがきも、解説も無いことから、純然たる小説であると直ぐに解るほどの常識に欠けている己が恥かしい。
こんな酷い冤罪事件があったのかと義憤を募らせながら読んでいたのが馬鹿らしくなった。結末の付け方も随分安直に奇跡的な偶然の重なりに頼っていると思われた。
とは言え、警察、検察、裁判所など、日本の司法機構に疑われる非人間性及び不合理性を直視させる点は大いに評価できる。このような事件が現実に在り得ると読者に思わせられればだが。
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