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“ブンガワン・ソロ”の載っている松田トシの「南方民謡集 2」(昭和19年4月)について一昨日書いたが、「南方民謡集 1」も気になるので、上野の東京文化会館で閲覧してきた。
ネット検索した限りでは、これを所蔵する公的機関はここだけだった。両巻揃いでン万円の値段を付けている古書店はあった。
「1」は昭和17年6月25日初版発行となっていた。編著者名は‘松田トシ’であるが、各曲の採譜、編曲には高津トシと記名されている。出版までの間にお名前が変わったようだ。
コピーしたかったが、例によって著作権の存在を楯に断られた。収録曲名だけなら蔵書検索で表示されるので、ここに貼り付けておこう:
1: 夜明け (インドネシヤ)
アンボンの船 (アンボン)
熱血スーパンプリーン (タイ)
月の光 (インドネシヤ)
カンボヂヤの子守唄 (佛印)
月光の曲 (タイ)
ラオスの白雉鳩 (佛印)
パブアの唄 (ニユーギニヤ)
2: マライの宴 (マライ)
大インドネシヤ (インドネシヤ)
インドネシヤの子守唄 (インドネシヤ)
ソロ河の物語 (ジヤワ)
新比島建設の歌 (フイリッピン)
稲刈り (ジヤワ)
ついでに、次のような便利な資料も見つけたので、貼り付けておこう:
『音楽之友』記事に関するノート 第2巻第8号(1942.08)
◇南方音楽漫話/高津トシ(『音楽之友』 第2巻第8号 1942年08月 p.90-92)
内容:(1)皇道日本の八紘一宇の精神を音楽文化にも取り入れて、真に南方各地の人々が、音楽を通じて日本を理解し融和し心服し、天皇に帰一すれば大東亜建設という究極の目的も達せられるはずだ、〜〜〜南方音楽に親しみ祖国日本の人たちに南方音楽を理解してもらうことと同時に、わが国のすぐれた民謡を南方諸地域に紹介し、学びえた声楽をもってこの相互連絡の媒酌的な役割を果たそう〜『南方民謡集第一輯』は不十分ながら今までの研究の一部をまとめたものだ。(2)南方民謡といっても千差万別である。南方音楽はそこに土着民族のもつ固有のものと、過去の侵略支配者(欧米)より移植されたものとに大別できるとすれば、前者は今後とも独特の民族的固有音楽として、その地方の古典として残されるべきものであるが、支配階級の音楽は、米英蘭の過酷な為政者の打倒された今日、当然撃滅され駆逐されているから、これに代わるものとして真の日本音楽が必要であろう。/この場合の日本音楽は進んで現地一部の知識階級や文化人に与えられなければならないから、内地の気候風土生活の中に生まれたままのものでは融合しないのではないか。したがって純日本音楽に現地民族の文化、宗教、思想も取り入れて、新日本音楽または大東亜音楽とでもいうようなものに発展させて、これを日本と南方民族との音楽的連鎖とすべきでないか。(3)『南方民謡集第一輯』に掲載した8曲をみていく。盟邦タイからは《熱血スーパンブリー人》《ブレーング、マングライ》の2曲を採譜し訳詞編輯した。どちらも無任所大臣アン・ビジットの傑作でオペラの中で歌われる。前者は《愛国行進曲》に相当する曲。仏印カンボジア地方からは《カンボヂヤの子守唄》《ラオスの白雉鳩》を選んだ。どちらも人生の喜びや哀しみを素直に歌詞にし、圧政下の苦悩や自然を友とする素朴な表現で歌ったものである。蘭印からは《夜明け》《月の光》、アンボンからは《アンボンの船》、ニューギニヤから《パブアの唄》をそれぞれ採譜訳詞編輯した。前二者は古くから歌われていたが、10年前にジャバで作られた映画《ファティマ》の主題歌となり、人口に膾炙している。以上であるが、パブア語のわかる人がいないので、《パブアの唄》のみ原語音で載せた。/ビルマ、豪州、インド、フィリピン、ボルネオ、セレベスなどについては別の機会に譲りたいが、フィリピンではアメリカ化されたジャズ音楽が盛んだったこと、豪州やニュージーランドは英国の音楽のみが発達していること、インド・ビルマの古くより欧州音楽と中国音楽との接触地であったため高い音楽が存在していた〜〜〜/南方音楽はもっと研究され、理解されねばならない。南方民族の真の生活と精神を率直に見せてくれるのは音楽である。〜〜〜文献は蒐集され、現地民謡は五線譜にのせ編曲し、真の南方音楽の姿を見出すべきだ。われわれも西欧音楽万能を捨て、もう一度日本音楽の形と精神を反省してみる必要がある。http://www.ne.jp/asahi/yasuyuki/koseki/read_1b_ONTOMO_note_194208.htm 東京文化会館で資料のコピー可否を訊ねるとき、彼女がまだご存命だとは知らなかった。改めてウィキペディアで検索したところ、
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