|
北国の「さくらの会」で公開練習を挙行した。
第1部 ア・カ ペ ラ 名 曲 選
タンホイザー行進曲、黄金の翼に乗って、希望の島、
痩せ人を嗤う歌二首、柳河、啄木短歌集
第2部 Petit Concert 〜 佐 藤 孝 蔵 氏 と共に 〜
生保内節、田植え歌、暗い日曜日、二つの岸、果ても無き荒野原―――独唱
から松、秋再び、ビール樽、ほろほろと―――合唱
第3部 愛 唱 歌(会 場 の 皆 様 と ご 一 緒 に)
あざみの歌、達者でナ、朝・昼・暮、スキー、花は咲く
最初から公開練習として企画したわけではなかった。会の長老である孝蔵さんの“百歳記念のど自慢出場が夢”との発言を数年前に聞いたのが発端だった。その夢は結構だが、他のメンバーが誰もこの世に居なくなっているのではないか、との懸念を持ち、先ずは現実的な「米寿記念」行事から始めたらどうかと提案した。
ご本人は尻込みしたが、何回も話題に出しているうちに実行の雰囲気が醸し出された。ただし、対外的に“米寿記念コンサート”を称するのは憚られるので、公開練習を看板とし、その中核に“Petit Concert 〜 佐 藤 孝 蔵 氏 と共に 〜”を据えた。
会場選定の問題もあり、集客は難しいと覚悟していたが、会長たちの努力で十数名のお客さんが約1時間半付き合ってくれた。ささやかながらも記念コンサートを滞りなく遂行できて、一同大いに満足し、メンバーの一人が経営するカレー屋さんに繰り込んで打ち上げた。
往復の飛行機内での出来事も記録して置こう。
往路は朝7時台の1番機、乗客の搭乗は順調に終わったように見えたが、定時になっても出発しなかった。やがてアナウンスがあり、“あと○名様の御搭乗をお待ちしています”とのことが判明した。
普通は、定時の何分か前にゲートは締め切られるはずだ。当管理人は実際に定時前で搭乗を断られたことが一度ならずある。やがて乗り込んできた3人連れ、かなり大きな荷物を担いでいた。一人は何やら電気ケーブルらしきものを肩に掛けていた。
彼らの正体は到着地でほぼ判明した。お出迎えさんが、“○○放送網様”のような記名板を掲げていた。北国の法面工事現場での崩落事故が大きく報じられていた中でのことだった。
復路の飛行機に搭乗した時のこと、指定の席に先客が掛けていた。キャビン・アテンダント(近頃はこのように呼称する)が彼に注意を促し、彼も即座に詫びつつ席を立とうとしたが、他の客も巻き込んで大移動になりそうなので、現状追認とし、彼の隣の残席を占めた。
彼は明らかに“外人”さんと判るので、英会話の練習をすることにした。プロ・ラグビー選手だった。トンガ出身で、北国のチーム所属だった。これから“ヨコカワ”との試合に行くのだと言った。ヨコカワはリーグ順位3番、北国チームは6番ぐらいだそうだ。なかなか順位を上げられないとのことだ。
チームメートが何人も同乗していることが判った。二人ばかり真後ろの席にいた。羽田からは電車で移動するというので、バスをチャーターしないのかと(解り切った)質問をしてみた。鉄道の切符売場に並んでいる彼らを見掛けた。
彼はトンガ出身だが、日本に来る前はニュージーランドでプレーしていたようだ。奥さんと子供二人の家庭を北国に構えているらしい。トンガは暑い国だろうから、冬の寒さは堪えるだろうな。クリスマスには帰郷するとのことだ。
身長2メートル近いが、スリムな体型で人懐っこい男だった。チームにはもう一人トンガ出身者とフィジー出身2名がいるそうだ。さほど規模の大きくない北国にプロラグビーチームが根付いているのは、ちょっと不思議だ。全国どこにでもあるのかな。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2013年11月23日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]


