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昨年さんざん歌った啄木短歌の一つ、
不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五(じふご)の心 歌集「一握の砂」(1910.12.1)では上記の通りだが(青空文庫による)、初出(「スバル」明治43年11月号)では、“お城の草に寝ころびて”の部分が“お城のあとの草に寝て”となっているそうだ。殆ど同時の発刊で、このように違いがあるのは、最後まで推敲に努めたということか。彼は、言うまでも無く岩手県の生まれで、その生没は、 1886年 ( 明治 19年) 2月20日 - 1912年 (明治45年) 4月13日 である。 お隣秋田県の俳人で、石井露月という人がいる。生没は、1873年(明治6年)5月17日 - 1928年(昭和3年)9月18日 である。その少年期から壮年期を啄木は生きた。接点は無かったようだ。露月を俳祖とする月刊誌「俳星」の7月号に、高浜虚子の一文が引用されている: “露月君は、、、、嘗て聞く、君の楽しみや屋後の山に上りて天の広きを愛すると、青草の上に仰臥して碧空に一の黒点を認め、やがてその鳶なること知るに在りと。〜” この一文は1901年、露月28歳の頃に書かれている。露月が裏山に上って寝転がって青空を見上げるのを楽しみにしていたのがいつ頃のことかは判らないが、おおまかに少・青年期のこととして間違いは無い。啄木が不来方城址で寝転がったのは15歳以後のことだろうが、そう長くは続かなかった筈だ。生活苦あり、頻繁に旅行、転居ありで、草の上にロマンティックに転がる余裕など無かっただろう。 地理的、年代的に近い関係ながら、接点の無かった歌人と俳人、二人とも草の上に寝転がって空を見つめ、心癒されていたかと思うと、わけも無くほのぼのとする。 秋立つか 雲の音聞け 山の上 (大正12年8月8日 五十歳) |
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2013年07月11日
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