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北国の「さくらの会」で今取り上げている作曲家の一人が深井史朗(1907年4月4日 - 1959年7月2日)である。彼が音楽界の大先輩・山田耕筰(1886年6月9日 - 1965年12月29日)に対して厳しい評価をしていたという。
孫引きになるが、音楽評論家・秋山邦晴によれば、深井は
“山田耕筰は稀有の歌作りだった。そのピアノ伴奏の部分は歌にたいしてあまりに従属的だ―――という人があっても、彼の名が日本の歌曲史から消えてなくなることはないだろう。”
“山田も信時(潔)も残念ながら、器楽的な技術を第二次的なものとしてしか身につけていなかった。”
と論じ、みずからの作曲の師であった菅原明朗こそが、日本の作曲界における本格的なオーケストラ表現の基礎をかたちづくった作曲家であるとするそうだ。
当方には、山田のみならず山田と双璧を為す信時をも(器楽曲において)低く見る深井が的を射ているか否か判断する能力は無いが、彼の大胆さは括目に値する。
その深井にしても、山田の歌曲に対しては敬意を表しているわけで、現に、日本歌曲における山田の人気ぶりは、不動の地位を占めている。深井の名は、残念ながら歴史の闇に沈んだ観がある。
山田も深井も先の戦争中は戦意昂揚の歌を作曲し、山田に至っては聖戦遂行に音楽家を動員する団体の先頭に立っていた(祭り上げられた?)。戦後は、(当然ながら)時代の変化に合わせて健全な歌の作曲に邁進する。
今は有名でない深井の歌曲の数例を挙げておこう:
特別陸戦隊頌歌 作詩・城左門 子を頌ふ 作詩・城左門
天地讃頌 作詩・大木惇夫 青春讃歌 作詩・神保光太郎 モルダウの流れ(編曲) 作詩・野上彰
「天地讃頌」を作詞した大木惇夫の、その後の作品「大地讃頌」は、アマチュア合唱界の人気曲になっている。
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