愛唱会きらくジャーナル

♪美しく青きドナウ,モルダウ,Waltzing Matilda,ナブッコ,ダニー・ボーイ♪次回9月10日2pm アカデミー向丘

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≪音楽界≫第3巻第2号(明治43年2月1日付け発行)の楽報欄に“楽器バイライカ”と題するバラライカ紹介記事がある:
 
“日本の社会には未だ紹介されない様であるが近頃英京倫敦を始め西欧の各都府に流行の兆ある露西亜の国楽とも見る可きバイライカと謂ふ楽器がある。
 この楽器は日本の三味線などと同様機械が至極簡単な割合に極めて美妙なる音を発し而かも節奏の変化が多いので一般平民社会の楽器として頗る適当であらうと思われる。
 この楽器に種々工夫改良を施して今日の様に完成せしめたのは露国帝室附属のバイライカ楽隊指南役で露西亜帝国陸軍音楽隊の総検査官たるアンドレーフと云ふ壮年音楽家である。”
 
以下、アンドレーフ氏が、農民社会のみに使われていた粗末な異様な楽器バラライカを立派な楽器に完成させる苦労や上流階級にまで普及させた成功談が続く。
 
この記事の書かれたのは明治末期、1909年の時点だろう。その頃未だ日本に紹介されていないバラライカはいつ頃一般に知られるようになったのか。そのようなことは専門家にお任せしてよいのだが、偶々当ブログで、参考になる記事を過去に載せていた:
 
“東海林太郎の「ハルピン旅愁」 〜銀のサモワール楽しく囲み 弾いて歌うよバラライカ 〜
 
ペチカ、サモワール、バラライカ、ハラショー、キタイスカヤ、ヴォルガと、ロシア語オンパレードだ。ハルピンのロシア情緒が文字通り歌い文句なのだ。〜”(ハルピン旅愁〜東海林太郎〜ロシア情緒 2011/6/5()
 
東海林太郎の「ハルピン旅愁」は1940年にレコード発売されたそうだから、上記記事ののち、三十年以内にバラライカは日本でも知られるようになったのだろう。現物やその演奏を身近に見聞するのは、所謂戦後の事ではなかろうか。つまり、シベリア抑留帰りの人達が持ち帰ってから、ロシア民謡ブームと共に知名度を上げたのではないか。
 
“この楽器は價が安い上にピアノ等の複雑な楽器に比して割合に習ひ易いと云ふ長所がある〜”とのこと、今ではどれ程の値段で買えるのか、関連サイトでざっと見たところ、数万円から十数万円に収まるようで、確かにヴァイオリンなど他弦楽器よりは安いようだ。三味線とはほぼ同じ価格帯か。
 

上記記事の見出しなど前半では“バイライカ”とミスプリが見過ごされていることに、未だお馴染みの楽器ではないことを自ら証している観がある。

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