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図書館に予約していた本を順次読破しているのだが、今日は昨日借りた伊藤朱里「緑の花と赤い芝生」(中央公論新社 2018.9)を殆ど読まずに返した。この本が何故新聞の書評欄に取り上げられたのか、全く覚えておらず、初めの部分を読んでみても、読む価値があるようには思われなかった。一体何を伝えようとした本なのだろう。
替わりに借りたのは堂場瞬一「焦土の刑事」(講談社 2018.7)である。これは読み出すと直ぐに普通の小説であると解った。奇しくも、1945年3月9日深夜の米軍B29爆撃機襲来の場面から始まっていた。いわゆる“3.10東京大空襲”の幕開け場面である。
明3月10日は、慰霊や平和祈念の様々な行事が計画されていることだろう。戦争の悲惨さ、愚かさを訴える人々がいるかと思えば、世界各国で軍備の増強が行われているという現実もある。実際に局地戦争は絶え間なく続けられている。不思議なことだ。
脈絡無く「3月10日」繋がりだけのことだが、継体天皇という歴上の人物が面白そうだ。ウィキペディアによれば、
≪継体天皇(けいたいてんのう、允恭天皇39年(450年?)― 継体天皇25年2月7日(531年3月10日?))は、日本の第26代天皇。在位は継体天皇元年2月4日(507年3月3日?) - 同25年2月7日(531年3月10日?)≫
である。
≪531年に皇子の勾大兄(安閑天皇)に譲位(記録上最初の譲位例)≫ともある。譲位即日に崩御とも書かれており、曰く有りげだ。
ウィキペディアの別項目では≪日本において最初の譲位は645年に行われた皇極天皇から孝徳天皇への譲位とされており≫とあり、継体天皇は譲位したとは見做されていない。
現今話題の皇位継承については≪2019年5月1日に今上天皇が退位することが決定し、退位特例法の施行日を定めた政令が公布された≫そうであり、同時に改元も行われるらしいから、我々はまた一つ西暦・和暦換算式を覚えなければならない。
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春雨の 2019年3月3日に第33回の向丘まつりが挙行された。当≪愛唱会≫の演し物は次の通り:
弘田龍太郎の四季
小諸なる古城のほとり 作曲1925年 詩:島崎藤村
鯉のぼり 1913年 文部省唱歌
雨 1921年 詞:北原白秋
お盆が来るから 1940年 詞:権藤はな子
雲に寄せる 1942年 詞:安藤一郎
秋の山 1937年 詞:斎藤一正
浜千鳥 1919年 詞:鹿島鳴秋
春よ来い 1923年 詞:相馬御風
ひなまつり三題
うれしいひなまつり サトウハチロー/河村光陽 1936年
雛 祭 り 永井花水/藤井清水 1932年?
ひ な 祭 林柳波/平井康三郎 1941年
昨日愚痴ったように、楽器伴奏者を得られなかったため、練習録音を編集した特製CDを鳴らして男声2名で歌った。開き直りのリラックス気分はお客さんにも伝わって、会場の雰囲気は良かったのだが、相応にドジの多い出来となった。
演後にコーヒー販売カウンターで、年輩の御夫婦から声を掛けられた。最前列の席で聴いて下さっていたお客さんと判った。かなり興味を持たれたことは確かだが、ご主人は団員二十名ばかりの合唱団に参加していらっしゃるとのことなので、こちらに新規加入の御意志は無い。一頻り高齢合唱団の先細りを語り合って別れた。
相棒のTさんは直ぐにお帰りになった。当方は本日最後の出演団体である学生合唱団の演奏を聴いた。総勢四十余名、男1・女2ほどの割合の混声、今時の作品を力強く、あるいは軽快に、アクションたっぷりに歌い上げていた。学生仲間の応援もあり、大変な盛況であった。彼らには会場後片付けも担って貰っているようで、その点でも人気抜群の若者たちであった。
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“春のやよいの このよき日”とは、童謡「うれしいひなまつり」の歌詞4番の終節前半の文句だが、今日は好天に恵まれた、そんな“よき日”だった。
しかし、当方にとっては、気の滅入る厄日だった。
某ボランティア・コーラスグループの春季プログラム稽古始めに顔を見せたヴァイオリニストMさんに明日のアカデミー向丘まつりへの参加を改めて確認したところ、体よく断られてしまった。昨年は引き受けてくれたのだがなあ。楽譜は渡してあったし、試奏済みとも聞いていたのだが、どうも虫の居所が悪かったようだ。
そうなるとヴォーカル3名が特製CDの伴奏で歌うしかないと覚悟を決めていたところ、メゾソプラノのHさんから、明日は参加できないとCメールが届いた。別の行事との時間調整がうまくいかないからとのことだ。
弱り目に祟り目と相成ったわけで、意気の阻喪感は覆うべくもないが、テノールのTさんと二人で何とか遣り遂げなければならない。やけくその開き直りでストレス発散するしかない。来場されるお客さんには申し訳ないことだ。
出し物のうち厄介なのは四重唱曲「浜千鳥」だ。前回、生涯学習フェアでは5名で歌っており、一応は4パートをカバーしていた。それを二人で演奏するとなると、どのパートのどの部分を拾っていくか検討しなければならない。
終始主旋律担当のTさんは特に変更を要することも無いので、問題は当方に降りかかるだけだ。尤も、誰に指図されるわけでもないので、好きなように歌えばよいと思えば気楽なものだ。
明日は偶々上巳の節句であるので、プログラムの最後は、前回の「文京区歌」に替えて≪ひなまつり三題≫とした。 ところで、このブログサービスが今年12月に打ち切られるとの告示が最近表示されるようになったが、その後は、これまでの蓄積はどのようにして保存すればよいのか、これまた厄介な問題だ。
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