愛唱会きらくジャーナル

♪美しく青きドナウ,モルダウ,Waltzing Matilda,ナブッコ,ダニー・ボーイ♪次回9月10日2pm アカデミー向丘

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今日の朝日新聞夕刊の1面トップに『100年の夢走る?富士山登山鉄道』の大見出し。色刷りで挿絵と写真を添え、“構想、浮かんでは消え・・・山梨県が勉強会”“5合目まで 有料道路に線路案”“頂上へケーブル 過去に計画”の小見出しを付すなど、目を惹く記事だ。

 
登山電車と言えば直ぐに「フニクリ・フニクラ」を思い浮かべる。また、電車ではないが登山絡みで「箱根八里」も連想される。
 
某合唱グループの例会や発表会の素材としてこの両歌を候補にしてはどうかと考えた時、連想が膨らんで、両者には何がしかの関係が有るのではないかと想像を逞しくした。
 
「フニクリ・フニクラ」の発表(Funiculì funiculà)は1880年で(ウィキペディア)、「箱根八里」は1901年である。
 
一旦その思いを抱くと以後の思考もそれに影響されるのか、「箱根八里」の曲調が「フニクリ・フニクラ」に似ているように感じられてならない。
 
瀧廉太郎は“Funiculì funiculà”に接していただろうか。
 
蛇足ながら、“富士登山ケーブルカー”に関連して、当方の別ブログ(http://baobab.seesaa.net/)に6年前、2度雑文を載せている(富士山〜登山鉄道〜構想公然化 20130701日本植物園協会 會報〜富士山ケーブルカー〜国立植物園 20130203)。

中村滋「素数物語 アイディアの饗宴」(岩波2019/3/14)を間も無く読み終えるところまで来た。版元の内容紹介は次の通り:

 
≪すべての数は素数からできている。その性質を深く調べてみると、円周率π、虚数iなどの高級な数学と結びつく不思議で魅力的な数でもある。フェルマー、オイラー、ガウスなど数学史の巨人たちがその秘密の解明にどれだけ情熱を傾けたか。彼らの足跡をたどりながら、素数の発見から「素数定理」の発見までの驚きの発想を語り尽くす。≫ 
イメージ 1
 
数学的な事項もさることながら、“数学史の巨人たち”の事蹟、特に彼らの天才ぶりには、毎度感嘆するばかりだ。既に読み知っていても、文字通り桁外れの能力には思わず興奮してしまう。
 
例えば、当方など凡人にも解り易いところでは、オイラー(Leonhard Euler)は≪60歳で両眼の視力を失った後でも、暗算で複雑な級数の17項もの和を小数点以下50桁まで正確に計算できた≫とか、≪そのオイラーでさえ数か月かかった彗星の軌道計算をガウス(Johann Carl Friedrich Gauss)は3日で済ませた≫などと聞くと、神の領域としか思えない。
 
ガウスの天才ぶりは諸本に詳しいことだろうから冗説の愚を避け、気に入ったエピソードを一、二記しておこう。
 
ガウスが1855年2月23日未明77歳で静かに無くなったとき、彼が長年肌身離さず持ち歩き、決して巻くことを忘れなかった懐中時計も主人の死を追うかのように止まったそうだ。
 
そこで思い出すのは童謡「おじいさんの時計」(My Grandfather's Clock, 1876)である。
 

My grandfather's clock was too large for the shelf,
So it stood ninety years on the floor.
It was taller by half than the old man himself,
Though it weighed not a penny weight more.
It was bought on the morn of the day that he was born,
And was always his treasure and pride.
But it stopped short, never to go again
When the old man died.

 
おじいさんの時計が止まったのは、たまたま動力源のゼンマイが緩み切ったからだという可能性を今回教わった次第だ。
 
手巻き式の時計ならばゼンマイが緩んだりして止まるのは当たり前だが、持ち主の死とともに時を刻まなくなるという話は神秘性を帯びるから、昔から好まれる素材なのかな。
昨日、某施設の年寄りの歌う会で講師のソプラノさんが「ひとつ」という歌を披露した。当方の全く知らない歌であったが講師は好い歌だと強調していた。確かに、年寄りの耳に馴染み易いメロディーと歌詞であった。
 
帰宅してネット検索したところ、高橋晴美作詞作曲と判った。
歌詞を掲載するサイト(http://piano717.blog90.fc2.com/blog-entry-4111.html)からコピペ:
 

空と海がとけてひとつ
あなたの心にとけて生きる
空に星がとけてひとつ
あなたの人生にとけて生きる
   
あなたの部屋に野の花ひとつ
いつもやすらぎをとどけてあげたい
あなたのために何かひとつ
今日も新しく生まれかわりたい

人と人がとけてひとつ
今日もしあわせ感じあいたい
国と国がとけてひとつ
その日を信じて今日も生きる
           
人と人がとけてひとつ
今日もしあわせ感じあいたい

 
前段・中段の文意は不明だが、後段から判断すれば、平和祈念の歌かと思われる。
 
この歌を聴きながら既視感に襲われた。数時間の後、数年前に話題にした古い童謡を思い出した:
 
フタアツ(まど・みちを作歌・山口保治作曲)
 
 

ふたあつ ふたあつ なんでしょね
    お目目がいちに ふたつでしょ
    お耳もほらね ふたつでしょ
  
    ふたあつ ふたあつ まだあって
    お手手がいちに ふたつでしょ
    あんよもほらね ふたつでしょ
  
    まだまだいいもの なんでしょか
    まあるいあれよ かあさんの
    おっぱいほらね ふたつでしょ

 
両方の歌詞に共通するところは無いが、“ひとつ”と“ふたあつ”が共鳴したようだ。
《「已む」読めなかった? 安倍首相が歴史的儀式で驚きの大失言
AERA
5/15(
) 17:00配信        
イメージ 1

 



4月に行われた「退位礼正殿の儀」歴史的な儀式での、安倍首相の失言が世間を騒がせた〜
 

430日、「退位礼正殿の儀」で、安倍晋三首相はおそらく歴史に残る大失言をしてしまった。それが起きたのは「国民代表の辞」のほぼ末尾だ。

「天皇、皇后両陛下には末永くお健やかであらせられますことを願っていません」〜  ※AERA 2019520日号

 
新聞は毎日欠かさず朝夕刊を見る。さっと眺め渡す程度だが、主なニュースは漏らさず目に入っているはずだ。
 
しかし、上記ウェブニュースの報じる出来事は2週間も前のことなのに、新聞で読んだ記憶が無い。TVは見る習慣が無いから、関連の報道があったかどうか判らないが、恐らく話題にはならなかったのだろう。
 
いわゆるメディアの政府に対する忖度の浸透、定着ぶりを象徴している。批判精神を失い、政府の提灯持ちになり下がったメディアに包囲されたような気分だ。改元の奉祝騒ぎもむべなるかな。
 
ところで、首相が失言したのは、朗読原稿に「已みません」とあるところ、漢字「已」の読み方を知らなかったことによると推測されるが、上記記事によれば、《文書として公表された「国民代表の辞」には当然、「願ってやみません」とある》そうだ。
 
首相朗読文書の原本とメディア配布コピーとが異なるとすると、これも重大な危険をはらむ。メディアの覚醒、自覚が望まれる。
 
「已」は普段使い慣れない漢字ではある。紛らわしい漢字に己」「巳」がある。これら3字の使い分けは中学時代に教わった。もちろん戦後の新制中学だ。
 
今でも呪文のように口をついて出る:
 
《みはうえに、おのれつちのとしたにつき、すでにやむのみなかほどにつく》
 
首相をウィキペディアで参照すると、大学を卒業しており、アメリカに留学をしてもいるとのことである。小生よりは若いようだから、受けた国語教育の中身は違うかもしれない。

それにしても、記事中“安倍首相の失言が世間を騒がせた”とあるのは、失言をメディアが報じなかったの小生の認識とは相容れない。どうなっているのだろう。

このところ自動車事故が連続していて目立つように思うが、気の所為だろうか。
 
どうも、池袋での所謂「上級国民」による母子等殺傷事故いらい、神経過敏になっているのかも知れない。被害母子と家族の方々が特にお気の毒に思われる一方、報道による限り、加害者たる「上級国民」(この呼称が適切なのかどうか不明だが、便宜的に使用する)からの弔意、謝罪の言葉が聞こえてこない不誠実や、事故後入院して逮捕されていないことに感情が影響されている。
 
そこへ持ってきて、今日、大津市での≪信号待ちの列 突然車が... 園児2人死亡 1人重体≫(関西テレビ)事故だ。
 
車2台の衝突のトバッチリで保育園児たちが災禍に遭ったとのことだが、運転していた2名の女性は直ちに逮捕され、容疑者と呼ばれている。報道では「女」と蔑称される。両者とも負傷していないので逮捕されたという逆説的な印象だ。負傷していないのは、無茶なスピードではなかったことを思わせる。
 
≪逮捕の女2人は泣き崩れ…園児の列に車突っ込み死亡≫(All NipponNewsNetwork(ANN)

池袋の事故では、「上級国民」は冷静に、直ちに保身措置を指示し、あるいは講じたという。
 
大津事故の加害者は、負傷を幸いに(あるいは装って)入院するという機転も利かず、平凡な市民たる両人に降りかかった突然の不幸のようにも思われる。
 
警察の対応が「上級国民」と庶民とでは、かくも落差があるとの感を強くするのだが、咄嗟の際の対応能力の差と言うべきか。単細胞的な反応と軽蔑されるかな。

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