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昨2018年12月から、韓国艦艇による日本の哨戒機に対する火器管制レーダー照射問題がマスメディアでくすぶっている。レーダー照射はロケット砲あるいはミサイルによる攻撃の準備完了を」意味するらしい。
勿論、実際に攻撃するかどうかは、照射された哨戒機の方では判断できないが、回避行動するのは常識だろう。反撃能力を有する戦闘機などであれば、対抗措置をとる選択肢もあるから、事態は深刻だ。武装していないことが明らかな哨戒機だから、韓国艦艇側がたわむれにレーダー照射したとみるのが正解のように思われるが、如何だろうか。
そのように考えるならば、日本側からの抗議あるいは質問は、いわゆる水面下で行われてもよかったのではないだろうか。実際にその手順は踏んだのだが、韓国側から事実無根であるかのような不誠実な回答があったのかもしれない。
その場合であっても、事を荒立てるのが得策か否か、相手方の事情などを斟酌する余地があるだろう。報道から受ける印象としては、騒ぎが大げさすぎるようだ。引っ込みのつかなくなった韓国側が、対抗上、日本の哨戒機が韓国軍艦に低空飛行で接近し、威嚇したと抗議した。
双方とも、主張を裏付ける証拠なるものを公開しているが、どちらも証拠能力には疑問がある。いわゆる軍事秘密を明かすわけにもいかないことを口実として、水掛け論に終わることが見え見えの中途半端な資料を出し合っているのかもしれない。
真相を知る由もない一般人が論評するのもおこがましいが、些か大人げない口喧嘩をしているように見える。当局者が取り組むべきもっと重要な課題が無いのだろうか。
と偉そうなことを記した当方はというと、今日は老人施設への訪問コンサートに参加して、ロシア民謡や歌謡曲、復興支援ソングなどを歌ってきた。総勢18名だから、気楽な気分で、あまり緊張感はなかった。皆さんも同じ気分と見えて、歌い出しそびれるなどの拙い場面があった。要するにもたれあいの弊害だ。
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無題
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今日読んだ小説、鳴神響一「江戸萬古の瑞雲」(幻冬舎文庫 2018.12.10)の冒頭に
《七草なずな 唐土の鳥と 日本の鳥が 渡らぬ先に ストトントン》
という歌の文句が出てくる。
『七草なずな』とか『七草ばやし』などと呼ばれるわらべ歌で、、、正月七日に七草粥を作るために野菜を刻むときに古くから歌われてきた、とある。
春の七草を覚えるのに便利な《せり、なずな、、、、》はいつの頃からか知っているが、『七草ばやし』は初見だ。歌われているのを聞いたこともない。
ネット検索すると、物識りの皆さんの解説がたくさんヒットした。江戸随筆「守貞謾稿」にも載っているとのことだ。音源や楽譜もあった。当方が無知なだけで、世間ではよく知られた俗謡のようだ。
歌詞にはさまざまな異版があるらしいが、大意は《大陸から鳥が災厄を持って渡って来る前に備えをしよう》ということだと聞くと、昨今の鳥インフルエンザや大気汚染の元凶を連想する。昔の人は海を越えて病原体や汚染物質が日本にやって来ると直感していたのか。
優れた小説家の博識には感心する。よく勉強しているに違いない。時代小説などを書くには、時代考証を欠かせない。生半可な雑学知識ではボロが出る。鳴神響一さんも相当の物識りであることは確かだ。
ただ、1箇所腑に落ちない記述があった(p.184):
《、、、八月二十二日、、、深更に上弦の月が昇る頃であり、、、》
江戸時代の話だから日付は勿論いわゆる旧暦に拠っており、ほぼ月齢そのものだから、下弦の月でなければならない。月の出はまさに真夜中となる。
昔の出版物ならばミスプリ(誤植)かと思うところだが、今は電子データの遣り取りで済ますだろうから、“執筆”段階のミスと考える方が自然だ。弘法も筆のなんとやら、の伝か。
しかし、そのすぐ後(p.189)に、《貧の盗みに恋の歌》などという気の利いた諺を教えてくれる。当方にも心当たりがあるとは言わないが、なかなかに人の本性を穿っている。
推理の甲斐と楽しみのある好著だ。
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某コーラス教室にゲスト講師として、小鼓奏者の福原千鶴氏が招かれた。昨、一昨年度にもお見えになって、邦楽の実演奏を披露された(研究授業 〜 成果お披露目 〜 邦楽家客演 2017/9/25(月))。今回は、演奏もあったが、小鼓に関する包括的講義の形であった。
小鼓の部品構成には驚いた。円環に馬皮を張った発音体2枚を麻糸を撚り合せた紐で繋ぎ、間に両端ラッパ型、つまり砂時計型の筒を挟んで引き締めて使うのだ。この簡単な構造にも拘らず、繋ぎの緊張度を加減して音階を奏でることが出来る。
馬皮円環2枚を支える砂時計型の筒の素材は桜材だそうだ。新しく小鼓が作られることは稀で、古器が人から人へ受け継がれるケースが多いという。年代を経た楽器が良い音を出すらしい。桜の樹種が変わってきたことも影響しているらしい。
馬皮の方は消耗品で、修理しつつ長く使うものの、数十年の間には取り換えられるそうだ。聞き違いでなければ、薄くなったり、破れたりした所に、漆を塗ったり、金継ぎを施したりするそうだ。発音材である馬皮にそのような修理法が通用するとは驚きだ。
素材として馬(皮)と桜(材)の組合せが用いられると聞いて、馬肉(さくら)を思い出した。北国に勤務していた頃、野次馬根性で刺身用馬肉の買い付けに同行したことがある。珍しいのと、割安感があったのとで、キログラム単位で買って帰った。
帰宅して直ぐに冷凍保存としたものの、食べる勇気が無く、希望者に譲った。皆さん刺身として美味しく頂いたそうだ。お腹をこわした話も聞かなかった。
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槇 佐知子氏の≪機≫連載エッセーの昨年12月分で、草木の灰の薬効を取り上げている。旧約聖書ヨブ記、グリム童話シンデレラ、日本昔話花咲爺それぞれに灰が絡むというわけで、うちヨブと花咲爺で灰の薬効が示唆されるとのことだ。
『医心方』には、冬灰和名阿加佐乃波比(アカサノハヒ)すなわちアカザ科一年草シロザの灰が記されており、シロザは一名灰草と称するそうだ。皮膚病や腫瘍にさまざまな動植物の灰を用いた処方があるとのこと。槇氏からは、前にも話題を頂戴している(槇佐知子氏 〜 杉の葉煎汁 〜 花粉症特効薬 2017/4/9(日))。
最近読んだ義江明子「つくられた卑弥呼」(筑摩書房 2018.10)の中に、大和朝廷に征討され「土蜘蛛」と蔑称された地方豪族の具体的な呼び名についての考察がある。男の土蜘蛛で“草野灰(かやのはい)”と呼ばれる者がいた。“グリム童話の、継母によって台所に追いやられた少女=「灰かぶり」と同様の命名法である”と述べる。
槇氏の所説に照らせば、“草野灰”は、草(カヤ)の灰を医薬として用いたり、商ったりしたことによる命名だったのではないか。シンデレラ(灰かぶり娘)の命名とは少し趣が違うことになる。
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本日は素数日。日の19、西暦7桁の2019119、皇紀8桁の26790119、皇紀7桁の2679119と4種の素数に恵まれている。これは「19」あるいは「119」の素数性向が高いためではないかと妄想を逞しくする。
そこで、「0」累桁法で素数性検定を行う。先ず「19」について「100…9」を30桁まで素因数分解機に掛ける。( )内に素数となる桁を記す:
「100…9」 (2, 3, 4, 5, 10, 19, 23)
検定基準が未定なので、ある意味ナンセンスだが、素数性向は高そうだ。
同様に「100…19」を検定すると:
「100…19」 (4, 6, 8, 11, 12, 18)
やはり素数性向は高そうだ。
ついでに、「1100…9」の型を検定して比べてみよう:
「1100…9」 (4, 7, 10)
印象として、「100…9」と「100…19」の型の素数性の高いことがうかがわれる結果を得た。科学的根拠は皆無だが。
対象数を類型化して、「100…1119」についても検定を行うと、 (5, 6, 8, 9, 20, 21) となり、やはり素数性向は高そうに見える。
素数性検定法などという夢想の一端を記録した。
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