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気象庁発表の「東京」の最高気温が35.0℃を記録した頃(15:22)、施設訪問コンサートから図書館に立ち寄って帰宅の途中だった。漸く暑さにも慣れて、歩くだけでクラクラする事は無くなったが、汗はとめどなく流れ出す。
1.海 (まつばら とおく)
2.浜辺の歌
3.北上夜曲
4.うみ(うみは ひろいな)
5. フニクリ フニクラ
6.竹田の子守唄
7. 三つのわらべうた(ずいずいずっころばし、とおりゃんせ、あんたがたどこさ)
8.高原列車は行く
9.ふるさと (アンコールでも)
近頃、歌い方がますます横着になって、勝手にハモるのが常態だ。男声部がつまらないと思えば主旋律に合流したりもする。男声部の音が低過ぎて歌いづらいと思う部分では1オクターヴ上げるのは普通だ。他人には奇妙に聞こえているかも知れない。
小さい通所施設で、会場も狭い。演奏側16名、お客さん16名だと、人数を数えたTさんが呟いていた。お客さんは少ないが、通所施設だけあって、皆さん元気そうだ。最高齢は大正11年生まれとのことで、97歳とすると、、、あと二十年か。とても、その齢まで持ちそうにないな。
今8月の日付けで、月日だけの2〜3桁の数の内の素数を拾うと、次のようになる:
23: 83 833=7x7x17=17x49,8333=13x641,(5)=167x499,(6)=191x4363, (7)=1667x4999,(8)p.,
(6)=397x2267,(7)=2999x3001, (10)=151x523x113963,
(12)=677x1329394387, (14)=3547x69427x365471, 141:811 142: 821
143: 823
144: 827
145: 829
素数表からコピペしたので、左側の数字は「2」から起算した素数の番号となっている。8月9日は「89」と「809」で重複している。
右側には「83」と「89」について、「3」と「9」の累桁による「83….3」と「89….9」の因数分解及び素数出現桁を記した。
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無題
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つまり、今日7月31日が“ジュリエットの誕生日”ということだが、原文はかなり繁文で、何回も読み返して確認した。
たかが架空の人物に付与された誕生日とは言え、出典の「ロミオとジュリエット」は誰もが知っている世界の古典文学作品と思うと、一顧を与えねば気分が落ち着かない。
実は、原作を読んだ事は無いし、それを翻案するなどした映画、芝居、音楽などにも接したことが無いのだが、世界的、歴史的有名人たるジュリエットにちなんで、きょうの日付け731 で数字遊びをした。 (4,5,6,7,10,13,32,60,70,75, 733333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333333331,
素数とならない17桁までについての因数分解は次の通り:
(3)=17x43,(8)=19x3859649, (9)=10037x73063, (11)=23x23x197x751x937, (12)=647x9241x122653,(14)=313x84673x2767019, (15)=29x25287356321839, (16)=1621x289021x15652691,
(17)=502259x146007007009, この範囲では周期的な因数の出現は見られなかった。
比較の意味で、「766…1」型の累桁での素数分布を見たところ、つぎのように、やはり擬周期 19が見られた:
(3,7,26,) 76666666666666666666666661,擬周期 19 →(254 prime) 「擬周期 19」の想定の下、26桁の延長上に254桁の素数を得ている。
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ロシア民謡「鈴は単調に鳴る」(指示待ち体質 〜 賦活提案 〜 男声四重唱 2019/7/27(土))を某グループで練習する前に、今日の当会例会で皆さんのご協力で試演してみた。僅か十分ほどしか時間を取れなかったが、ほぼ期待通りの感触を得た。
その過程で、図らずも、長調・短調の区分に関する当方の考え違いをピアニストさんから指摘され、大いなる衝撃を受けた。
「鈴は単調に鳴る」は言うまでもなく短調の曲であるとの前提で発言したところ、直ちにそれは間違いで、長調であると断定されたのだ。その論旨は明快で、音楽理論に基づいていた。主音から順次上がっていく音階が、全音、半音、、、、となっているのが短調で、、、というような趣旨であった。
それはその通りだろうが、、、?と当方は疑問を引き摺った。調号が同じでも、明るい感じの曲は長調であり、暗い感じの曲は短調であるというのが当方の単純な知識であったから、「鈴は〜」の曲の印象からすれば、やはり短調ではないかと抗弁したのだが、その印象も外れていると切り捨てられた。
理論面のご指摘には抵抗する気は無かったが、曲の印象も否定されたのは意外だった。同じ曲でも、人によって印象を異にすることはあり得ることは認めるが、こうも極端に意見が分かれるとは驚きであった。
単調の曲を移動ド方式で読むと、始まりと終わりがミ又はラであるのが普通であると昔から思っているので、改めて「鈴は〜」の主旋律で確かめると、始まりはミ、終わりはソ又はドであった。この点では、短調であるとの当方の印象は半分外れであるとも思える。
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≪ハイデルベルクにて≫というエッセー(宮坂静生 2019/7/28付 日本経済新聞 朝刊)に、気になる記述があった: “6月の初め南ドイツのハイデルベルク大学で松尾芭蕉の話をした〜
芭蕉の私事を記すならば、妻寿貞が甥(おい)桃印と消えてしまい、行方知らず。ほそ道はその最中の旅である〜芭蕉のままならない恋情の表現をここにみることはできないであろうか〜”
≪妻寿貞が甥(おい)桃印と消えてしまい≫とは何のことか。俳聖と崇められる芭蕉の妻が芭蕉の甥と駆け落ちしたなどとは直ぐには連想できなかった。
しかし、文意はまさにそうだった。
芭蕉についてはほぼ人物像を把握している積りだった。妻が甥と駆け落ちしたのが事実だとすれば、とっくに承知していて当然だと思うのだが、単に我が勉強不足の報いなのか。
遅ればせながら、≪芭蕉 寿貞 桃印≫などでネット検索した。
その結果、芭蕉には妾がいたとの説が明治末年に紹介されて以来、その方面では想像を逞しくした議論が為されているらしいと判った。
芭蕉と寿貞なる女性とが親密な関係にあったことは確かだが、妻だったのかどうかなどについては資料が無いらしい。
日本史上のビッグネームにして、プライヴァシーとは言え、このような重要項目が不明あるいは曖昧であるとは信じがたいことだ。寿貞、桃印、芭蕉は短期間に相次いで没している。
このエッセーは、今年2019年が「奥の細道」330年の節目であることを思い出させてもくれた。
当時の(新暦)7月28日、すなわち(旧暦)6月12日を旅程表でみると、鶴岡滞在三日目であり、翌日に酒田へ向けて出発している。
(ネット切断事故で、一日遅れの更新となった)
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声出しの場として利用している合唱グループに男性が4,5人在籍しているので、男声四重唱をやろうと持ち掛けてみた。上手く行けばコンサートの出し物に採用する暗黙の了解も出来た。
曲は所謂ロシア民謡の「鈴は単調に鳴る」“Однозвучногремит колокольчик”である。
以前は「鐘の音は単調に鳴り響く」というような訳題で知られていた。歌詞の内容から、鳴るのは教会の鐘ではなく、馬車(あるいは橇)の鈴であるとのことなので、題と歌詞に修正を加えた楽譜を用意した。
短い歌だが、編曲の妙で、奥深い趣のハモリを醸し出せそうな気がする。鈴の音を“Ding”という擬音で表現することにした。原編曲では“Ding Dong”となっていたが、鈴の音に“Dong”は重々し過ぎると判断した。
指導者の指示を待つ癖の付いた人たち(特に女性)の集団だから、このような自発的取組に対しては白眼視する雰囲気があり、定例練習に便乗して音合わせなどするのに苦労するかもしれない。
いっそのこと、全員合唱の正規プログラムに組み込ませた方が利口かも知れない。男声四重唱の魅力は失せるが、混声合唱にもそれなりの良さはある。
特にこの曲の場合、擬音の“Ding Ding”の部分はハンドベルを当てる手もある。
ものになりそうな手応えを感じたところで、ロシア語ソロを仄めかすとどんな反応が出るだろうか。
更に後続の候補曲を予告したら、、、、?
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