私的な考古学

丹沢山麓で考古学を学ぶ学生諸君との対話

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シンポジウムの風景をご紹介します。最上段の写真で会場からコメントしてくださっているのは柏木善治さん。手前には伊丹さんも写っていました。そして壇上の風景は2段目以降です。2段目の手前が司会の諏訪間順さんです。このアングルをものにするために、壇上で挙動不審な報告者を演じてしまいました。3段目でこちらを向いて失笑しているのが立花実さんです。手前は解説する必要もないでしょうが苅谷俊介さんです。ここまでは穏やかな時間の流れる会場の風景です。

さて問題の、会場から受けた激しい反応の話題に入ります。ひとつは私の発表への質問を、と司会者に促されて会場から寄せられたご意見、というかお叱りです。古稀ぐらいのご高齢の方でした。種を蒔いたのはもちろん私です。

報告の最後に、「おまけ」と題し、ちょうど桜井茶臼山古墳からの「正始元年銘」鏡片がみつかったという時事問題に絡め、魏王朝関連の紀年銘鏡の分布図を作成しキーノート(パワーポイント)にして上映したのです。
当然のことですが、日本海側をたどり出雲から丹後、そこから上陸して由良川―加古川つたいに瀬戸内海まで南下し、淀川か大和川をさかのぼるルートが復元されるわけです。
最終目的地はもちろん桜井茶臼山古墳。瀬戸内側は山口だけでそこから東は空白ですから、経路の候補としては失格です。この間をアニメーションで西から点線を伸ばして順次東側へとたどるわけです。

こうした日本海ルートを前提に「投馬国」出雲説を唱えたのが笠井新也でした。
この笠井新也説再評価論文を書きかけている最中でしたので、そのさわりを紹介した次第(後でお聞きしたら苅谷さんもこのルートを復元可能だとして論文をお書きになっていたとのことでした。存じ上げず申し訳なく思いました)。

そして、この「おまけ」話に噛みつかれたのです。いわく「そんな明らかに間違った話を公共の場でするなんて大問題だ!」との趣旨のお叱りでした。どうやら邪馬台国九州説の支持者のようでした。

私としては、分布をたどってみたらこうなるというだけの話のつもりでしたし、新聞に書かれていたコメントの内容を具体的に解題したにすぎないとの思いもありました。もちろん、こうした経路の解釈は今後不正解になるかもしれません。この点についての論文を執筆中なのですから、邪馬台国畿内説が抱える問題点の深刻さについては、おそらくこの方よりは熟知しているつもりです。
現実の資料それ自体に当面のところ嘘はないのです。もちろん製作地と製作年代には誤認があるかもしれません。それとて論争中の問題です。ともかく、私の本題のほうへのご意見やご注文でなかったことだけは残念でした。そこに噛みつくのか?との思いも隠せません。

しかしこれだけでは収まりませんでした。今度は明らかに事故がおこったのです。

それはシンポジウムの終了間際のことでした。西川修一さんの講評の最中にそれは発生したのです。話の途中でそれを遮って、会場から、やはり古稀ぐらいの方でしょうか。やにわに「もうそんな個人的な思い出話などはやめさせて、苅谷さんにお聞きしたいことがある!」との司会者に向けた叫び声。

驚いた西川さんは「失礼しました」といって講評をはじめたばかりなのにマイクを返してご着席。

しかしさすがに苅谷さん。すかさず「この地域の研究を地道にリードしてこられた西川さんご自身の話を途中で遮るなど、とんでもなく失礼な態度です。質問は後でお受けします。そしてこの場を借りて私から西川さんにお詫び申し上げます。西川さん、私が原因でご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ありません。どうぞ先ほどの話を続けてください」と、きびしく制止なさいました。

この苅谷さんの言葉には会場のあちこちから拍手が。しかし気の毒だったのは西川さんでした。話の腰は折られるし学史の経緯を「個人的な思い出」だと処断されてしまうし。とはいえ、さすがに高校の教頭先生。無難にこなされました。

さて西川さんのご講評を終えてからのその御仁とのやりとりは、やはり海部の関与如何の問題やら邪馬台国所在地にかかわる苅谷氏の見解への疑義。騎馬民族征服説との絡みであったかとも推測されます。

そしてこの方、以前にもどこかでお会いしたような気がして記憶をたどったら、そうでした。6月の東海史学会の大会で、蝦夷とは何かをめぐる議論の最中に、私の強引な司会進行に会場から猛然と異を唱えられた方だったような。

そういえば日本考古学協会総会の会場でも似たようなことがありました。私が協会理事の権限で司会をしていたとき、制止するのも聞かずにホケノ山古墳の銅鏃の問題はどうかなるのか、と春成秀爾先生に詰め寄った方もいらっしゃいました。私も壇上まで行って無理矢理止めさせた、そのような過去を思い出します。

そうすると、私が壇上にたったときに混乱が生じるという法則性がみいだせるのかもしれません。特に司会進行の場面では、こうした傾向が明瞭なのかもしれないと、若干の考察が可能です。

ともかく西川さんの講評にたいし、あからさまな妨害をなさる御仁は、はっきり申し上げて迷惑です。

邪馬台国九州説論者の研究者や、それを理性的な態度で支持なさる方々を存じ上げているつもりでしたが、今回のようなケースは初めてでした。邪馬台国九州説を唱える方の講演会の席で、その講演内容を誹謗し、議事を妨害する畿内説論者がいるのでしょうか。

お話の筋や展開の仕方をお聞きすれば、論文を書いた経験のある方かどうか、聴衆の面前で話すことに慣れた方か否かはたちどころにわかります。お二人ともそうではないようです。もし予測に反して学問をなさっている方だとしたら、僭越ながら論理性の欠如と修辞法の問題をご指摘せざるをえません。

私の知る九州説論者は、皆さんとても知的で理性的。かつユーモアの感性もお持ちです。会場でのやりとりも、そうとは見せずにこちらの弱点や問題の核心を突いてくるのです。だからやり取りを楽しめるのです。今回のお二人はおそらく熱心な、あるいは狂信的な九州説支持者なのだと推察されます。

とはいえ、お元気なことはなによりです。今後考古学全体もご高齢の方々向けに開放されるべきだし、それが日本考古学の生き残り策のひとつであることも間違いありません。ただしご自身の日頃の不満の解消策として、あるいは自己実現ないし自己顕示欲の発露のために、こうした公共の場をご活用なさることだけはどうかご勘弁を。

今回のシンポジウム。邪馬台国畿内説論者の受難の日となりました。もちろん、とばっちりを受けた西川さんが一番の受難者であったことも確かです。ところで西川さんは邪馬台国をどちらだとお考えなのでしょう。
地元の業界人同士でこんな些細なことを話しあうはずもありません。箱根のふもとからみたら、邪馬台国などは近畿にあろうが九州にあろうが、はるか僻遠の地なのですから。けし粒のような存在なのですから。

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はじめまして。いつも拝読しております<m(__)m>
かもめ図書館でのシンポジウムに行きました。
有名な先生方のお話が聞けて大変有意義でした。
西川先生は、本でだけは存じ上げていて、今回拝見できたことは
相模の古代史マニアとしてとてもうれしかったです。
それなのに、会場のあのおじいさまのあのあまりにも失礼で
傍若無人なご発言!(その前の北條先生へのご質問に立たれたかたにも正直辟易いたしましたが)あっけにとられるというか腹立たしいというか・・しかもその後の質問も、苅谷さんの発言をほとんど理解していないような、トンデモな内容で・・・・
会場からの質問というのも発表された内容を理解しての質問でなければ、先生方も迷惑でしょうけど聞いている私たちのほうも迷惑、そんな愚にもつかない質問のせいで、西川先生のお話を喜んで聞いていたのに中断されて本当にいやな気持になりました。北條先生にこうやって書いて頂いてすこし嬉しかったです。長々すみません<m(__)m>

2010/2/4(木) 午前 10:26 [ pokokppoopko ] 返信する

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コメントをいただきありがとうございます。ご指摘のとおり、西川修一さんと立花実さんが切り開かれた分野の研究成果ですから、当事者に直接話しを聞ける有意義なものだったと思います。

2010/2/4(木) 午後 0:58 [ flyingman ] 返信する

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なんだか、どこの学会も学説を論争するのではなくて、自らの「信奉」する主義を言いつのるだけの人が多いみたいですね。
司会の言うことを聞かないのは近頃の流行なのでしょうか?
自分が言いたいことを時間を無視して話し続けられると困ります。

なので、やはり邪馬台国はハワイにあった、と言う私の説を検証してみてください(笑)。

まったく、実証科学がなんなのか分かってない人に頭ごなしに否定されると困ります。

2010/2/4(木) 午後 11:42 [ fuminori62 ] 返信する

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ご同情いただきありがとうございます。
そういえば以前、弥生文化博物館に招かれ、講座で鉄器化からみた畿内の後進性やら前方後円墳被葬者人身御供説をお話したことがあります。そのとき、聴衆の方々は皆失笑しつつも興味津々の反応。
質疑応答の時間も「そのような見方を前提にしたら、あれについてはどう考えますか?」という趣旨のものが多く、私としても補足説明のなかで自説が可能性としては成り立ちうることを縷々ご説明できました。要は頭の体操。理屈を楽しんでいただけたと思っています。
その後壇上にて金関恕館長と対談をしたとき、冒頭で金関先生は「貧困の畿内側代表として、まずご高説を真摯に受け止めます」とおっしゃったので、会場は爆笑に包まれたことを思い出します。
もちろん先生から繰り出された問題点のご指摘には冷や汗ものでしたが、異端者の取り扱いに手慣れた対談相手に恵まれ、救われました。

要は少しでも可能性があるのなら、それを一緒に考えてみましょう、という方向にどうやったら会場全体の空気を持って行けるのかを、今後の課題とします

2010/2/5(金) 午前 9:18 [ flyingman ] 返信する

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